第213話:垂直立ち上げとは

「狭間さん、お兄ちゃんのほうのお饅頭はすごく売れているみたいです。テレビのCMも見ました!」


「そうですね。俺もそのCM見ました」


 そうなのだ。さやかさんの言う通り。


 絶対無理だと思った偽物饅頭を本家と同じペースで売り始めてしまったのだ。


 そんな中、俺たちは例によって「朝市」の会議室で作戦会議中だ。


「まいったな。こんなに短期間で垂直立ち上げしてくるなんて……」


「「垂直立ち上げ?」」「ですか?」


 会議には、エルフも領家くんも参加してくれている。


「えーっと、本来の『垂直立ち上げ』っていうのは、十分量産体制を整えてから販売を開始して、スタート時から100%の生産を続ける方法のことです」


「はいはいはーい!」


 エルフが右手を上げて元気よく質問してきた。


「なんだ? エルフ」


「作るんだから普通100%じゃないの?」


「そうだな。売れるって分かってたらたくさん作ったほうが儲かるだろうし、最初から100%だろうな」


「じゃあ……」


「でも、今時いまどき作ってみたものの売れない商品もあるし、そもそも準備しているうちに旬を過ぎてしまうものだって少なくない」


「あ……」


 エルフも気づいたようだ。


「生産ラインだって小さな規模で始まって、売れ行きを見ながら増設、増設で生産を増やすことが多い。売れたからっていきなり工場を建てたら、そこでの生産が始まる頃にはブームが過ぎていた……なんて、おもちゃの話は有名だ」


「あ、ボクもそれ聞いたことあるかも」


「実際俺たちだって、肉まんの量産にはずいぶん時間をかけたじゃないか。材料調達、パート・アルバイトの採用、製造の練習……。だけど、信一郎さんはそれをたった1~2週間でやってのけたんだ」


「お兄ちゃん、言ってることはめちゃくちゃだけど、周囲が優秀だから……」


 さやかさんが頭を抱えた。


 既に人気の商品をそのままに、本家の生産ラインを使って売るとかあり得ないんだ。


「ボクたちは『垂直立ち上げ』できないの?」


「勝負に勝つには相当売れないといけないから、パート・アルバイトも採用人数を増やしているし、近所の農家の人のご家族も手伝ってくれるって話なので、幸い人については何とかなりそうだ」


「じゃあ……」


 エルフの表情が一瞬緩んだ。


「俺たちには、ないものがあるんだよ」


「え?」


「宣伝だよ。PR。プロモーション」


「ああ……」


 そうなのだ。良い商品があってもそれを消費者に知らせなければ誰も買ってくれない。


 幸い「朝市」では肉まんが口コミから人気になっているので、それなりに売れている。でも、普通のお店での「売れている」程度。


 1日に何千個も売れるほどではない。数を売ろうと思ったら、もっと広く知ってもらう必要があるし、蒸している時間だって足りなくなってしまう。大量に作って瞬間冷凍して、通販に対応する必要があるのだ。


 今は作って冷凍し続けているので商品は在庫が増え続けている状態。これが売れないと今度は置き場も必要になってきて、儲けどころか出費になってくる。


 ネット通販をするためには、販売用のホームページ作成、決済方法の確保、運送手段の確保、など準備しないといけないものがたくさんある。


「ホームページの制作とかなぁ……」


 そう、全然専門じゃないんだ。どうやったらホームページができるかも分からないし、専門の業者さんもどこに頼んだらいいものか……。


「え? ホームページ位ならボクつくれるけど?」


 エルフがこともなげに言った。


「ホームページもだけど、売れるページのノウハウみたいなのがあるみたいなんだよ……。また県人会に泣きついてみようかな……。それとも以前ソフトを頼んだ株式会社KJYだったか……あの名物社長と技術の人にちょっと畑違いかもしれないけど、相談してみようか……」


「狭間さん! 売るプロがいました!」


 さやかさんが閃いたとばかり言った。


「売るプロって言ったら、『朝市』をプロデュースした俺たちってことですか?」


「いえ、何でもないものを高額で大量に販売している人を思いだしました!」


「そんな詐欺みたいな商売……あっ!」


 ここで、俺もおそらくさやかさんと同じ人物を思い出したのだった。

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