第212話:真の実力者とは

 ■ 高鳥信一郎Side


「東ヶ崎、饅頭の売れ行きはどうだ?」


 この日、僕は自宅2階のリビングにいた。


 このローテーブルは父さんがよく使っていたもの。父さんのお気に入りのテーブルだ。もう何年も忙しくてろくに家に帰らないから、今では僕の席になりつつある。いや、僕も数年帰っていないのか……。


 この席を僕のものにできたら、僕も父さんと同じように立派な経営者になれたような気がする。僕は立派な経営者になって世界中に数万人、数十万人いるという高鳥の関係者の生活を守って行かなければならない。


「はい、最初こそロースタートでしたが、信一郎様のご指示通り広告を打ったら、予定通りの売上になってきました」


「なるほど。よくやったな」


「恐縮です」


 東ヶ崎は静かに会釈した。


 チルドレンたちを等しく愛する……。それは僕に課せられた課題だろう。しかし、近しい者に気が向くのは僕がまだ未熟だからだろうか。


 西ノ宮と東ヶ崎……彼女達は僕にとって特別だ。僕が幼い時から一緒の家で暮らしていた彼女たちが特別にならない訳がない。特別だと思ってはいけないのだけど、どうしても気持ちが入ってしまう。


 とにかく全てにおいて能力が高い西ノ宮。僕が経営者として振舞うためには、彼女がそばにいてもらうことは必須と言える。


 難しくて分からないことは噛み砕いて説明してくれる。


 難しいことを難しく説明するのは二流、難しいことを十分理解して簡単に説明できる者こそ一流だ。


彼女は天才と呼ばれる人間たちの難解な考えや行動までも正しく分析して、僕にも分かるように説明してくれる。それは、一流を超えた能力だろう。


「西ノ宮、予定に対する進捗はどうなってる?」


「昨日まで予定に対して98%でしたが、今日には100%に推移する見込みです。これから2週間ほどかけて113%程度を維持して当初の不足分を補い、1か月後には安定した売り上げを確保できると思われます」


 彼女は全てにおける「通訳」のような要素もある。僕の見えてないデータを示してくれる「モニター」の要素もある。色々なデータを料理して僕が食べやすくする「料理人」の要素だってある。


 容姿も美しくて、忠誠心が高く、能力もスバ抜けて高い。彼女はブライテストの中でも一番と言っていい。率先して僕の考えを実現してくれることもありがたい。


 何も知らなければ、幼い時に僕は彼女に惹かれていただろう。


「東ヶ崎、本家の会社の混乱状況はどうだ?」


「はい、期間限定であること、期間終了後はブランドごと本家に譲渡することを条件に了承しておられます。当初大きめの混乱はあったのですが、本家としてはタダで新ブランドが立ち上げられると好意的です」


「そうか」


 ブライテストはチルドレンの中でもトップ。彼ら、彼女らが一番……と思いがちだが、それは違うことを僕は知っている。


 通常、チルドレンは知力、体力、時の運などが試され、評価される。その中でも優れたものに「サウザント」の様に称号が与えられる。これは、テストの時だけではなく、日ごろの働きなども評価対象になり、面談などのヒアリングなどにより評価が上がることもあるし、下がることもある。


 しかし、東ヶ崎はさやかに付いてからこの面談すら辞退し続けていた。


 一瞬でもさやかの傍を離れないのだ。


 彼女の能力、容姿、忠誠心……どれを取ってもブライテストクラス……もしかしたら、それ以上かもしれない。


 ただ、これ以上の評価を得てしまうと国内外の重要業務に就いてもらう可能性が出てくる。それまで考えてなのか、あいつはそれ以上を望まない。


 正当な評価を拒否してまでさやかに付く行き過ぎた忠誠心……。僕はずっと彼女に惹かれている。惹かれ続けている。


 今回の勝負では、東ヶ崎の心を手に入れる。それが目的だ。さやか共々取り戻せばすべて解決するのだ。ブレ始めた高鳥家を正すのは僕に与えられたミッションだと言えるだろう。

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