第211話:先達の余裕とは
「せんむー、金髪のイケメンが愛人1号と愛人2号を連れてきたっスー」
光ちゃんは何を言っているんだ。
俺とさやかさんは「朝市」で新しい肉まんのレパートリーを増やすべく商品開発をしていた。
領家くんの手配で「朝市」で六次産業化を図った農家さんは調理をやるし、お店を出している人は当然料理をやる。彼らにも意見をもらいつつ、肉まん、スパイシーカレーまんに続く第三の肉まんを考えていたのだ。
金髪と言えば山口さん? いや、今日は「金髪のイケメン」だった。まさか……。
俺とさやかさんは、光ちゃんの誘導で「朝市」の総菜売り場に出た。
「信一郎さん!」
「お兄ちゃん!」
そこには、後ろに東ヶ崎さんと西ノ宮さんを引き連れて歩く信一郎さんがいた。
「さやか、来てやったぞ!」
普段、おじいちゃんやおばあちゃんが多い「朝市」で金髪な上にメイド服姿の東ヶ崎さんと西ノ宮さんを連れて歩く姿はすごく目立っていた。
「これか、お前たちの商品の『肉まん』は」
信一郎さんが蒸し器で保温されている肉まんを見て言った。「朝市」では、先行して肉まんだけ販売を開始している。スパイシーカレーまんは量産の体勢を準備中だった。
「信一郎さん、食べてみますか?」
俺は試食として三人に1個ずつ出すつもりだった。
すると、東ヶ崎さんが信一郎さんに耳打ちした。
「ここは、経営者の
「ん……、そうだな。敵の施しを受けるのも何だしな」
静かに信一郎さんも答えた。まあ、近いから全部聞こえちゃってるけど。
「狭間! 1個買ってやる」
「ありがとうございます」
俺はトングで肉まんを取り、包み紙に乗せた。九州では肉まんと一緒に酢醤油とからしが付く。当然、これも一緒に渡した。
「あと2ついかがですか?」
「ふん、こいつらに買ってやったら他にも買ってやる必要が出てくるだろ」
なんとも言えないけど、チルドレン1人に何かを買ってやると全員に買ってやる必要があるという考えらしい。
「では、1つで200円です」
俺は西ノ宮さんからお金を受け取った。
「ありがとうございます」
信一郎さんはその場で肉まんを2つに割って具を見ていた。しばらく分析すると、一口食べた。
「うん、うまい。良い材料を使ってあるし、調理にも手が込んでいる。これが200円とか馬鹿げている。もっと高くして利益が乗せられるだろう」
「そうですね、でも、『
たしかに、信一郎さんが言う様にこの肉まんは原価こそ適正な割合だ。しかし、それは「朝市」だからこそできた価格。
原価率30%から35%くらいが適正と言われる原価率は、もし他でこの肉まんの材料を仕入れたら平気で原価率が50%を超えて商売にはならないだろう。
本当なら300円で売って「プレミアム肉まん」の様に豪華にしたいところだ。ところが「朝市」では商品によって売れやすい価格というものがある。レジと連動したPOSシステムから既に肉まんが売れやすい価格は200円前後と出ていたのだ。
今後は通販にも対応していくので、冷凍の費用や包装の費用も必要になってくる。通販用は1個200円よりも価格を上げてもいいのかもしれない。消費税を入れて250円とか。
さすが、さやかパパの息子、高鳥家の長男。ポンコツと言われつつも商品開発などにも長けているようだ。
「ありがとうございます。参考にさせていただきます」
今は一応、お客と店員なので通常よりも少し丁寧な言葉でお礼を言った。
「ふん、相手の戦略と規模は分かった。帰るぞ! 西ノ宮!」
「はい」
「うちももっと売れる様に対策を取れ! 東ヶ崎!」
「はい、かしこまりました」
肉まんを食べたら、信一郎さんは東ヶ崎さんと西ノ宮さんを引き連れて帰ってしまった。
本当に偵察だけに来たんだろうなぁ。せっかくの「朝市」なので東ヶ崎さんや西ノ宮さんと楽しんでいけばいいのに。
俺もかつては休みの日にさやかさんと大きめの野菜の直売所でデートしたことを思い出した。何でもないものを一緒に見て、ちょっとおいしそうなものを食べて、一緒に笑って、感想を言い合ったりして、そういうのが買い物の楽しいところではないだろうか。
信一郎さんは、東ヶ崎さんのことが好きって話だから、こんなチャンスに一緒に楽しむことでアピールしたらいいのに、と思う出来事だった。
ただ、この「視察」が勝負の勝敗を分かつことになることを俺たちはまだ知らなかった。
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