第209話:物事の本質とは
僕は破れた。
光さんが食べられるスパイスカレーを作って、「おいしい」と言ってもらって僕を認めてもらうつもりだったのに……。
光さんが苦手なものは使わなかったし、それでもおいしくなるように味に深みが出るようにはした。
でも、光さんから出た言葉は「マズい」だった。
(コンコン)「おじゃましまーす」
僕が床に崩れ落ちていたら、誰かがキッチンスタジオに来たみたいだった。でも、今の僕はショックが大きすぎて起き上がることができないでいた。
「山口さん、やってますか? ……って、どうしたんですか⁉」
声の主は狭間さんだった。
僕を心配して駆け寄って来てくれている。本当にいい人だ……。
「実は……」
僕は気を取り直して狭間さんに事の顛末を話したのだった。
***
「狭間さんはどう思いますか?」
高鳥社長が狭間さんに聞いた。
「多分、さやかさんと同じことを考えてます。ライさんはどう思います?」
あの後、キッチンスタジオには狭間さんの他に、高鳥社長、ライさんが来てくれたので、光さんと合わせて5人でテーブルを囲んでいる状態になっている。
そして、テーブルの上には僕のスパイスカレーが置かれている。みなさんで試食してもらって、現在はコメントタイムと言ったところだろうか。
「山口さんのカレーはどんどんおいしくなってます。でも、これは山口さんのカレーじゃありません」
最初のコメントは、僕のスパイスの師匠ともいうべきライさんだった。
「そう! そうなんです! マズいは言い過ぎでも、ちゃんと食べられるんですけど、それだけなんです。辛くもなければ苦くもない。甘くもなければ酸っぱくもない。……そこに山口さんのキャラクターが見えないんです」
僕の心臓を突き刺すような言葉は狭間さんだった。
「でも、料理って誰かを喜ばせるものじゃ……」
「本当に、光さんを喜ばせたいと思って作りましたか?」
僕の言葉に少し被せる様に言ったのは高鳥社長。
たしかに、スタートは光さんに「おいしい」って言ってもらうためだった。でも、そのうち光さんが苦手なものを避けて、残ったものからなんとか食べられるものに組み立てていったような……。
「光さんが……」
「ウチが……」
光さんと言葉が重なってしまって、二人とも黙ってしまった。
「これはあれですね。光さんは辛い物がダメで、山口さんは辛味がないカレーをつくりましたね! 山口さん、光さんが好き過ぎです!」
高鳥社長がびしっと指摘した。まさにその通り! この人もただ可愛いだけじゃない……。
狭間さんが立ちあがってホワイトボードの前に移動した。そして、ホワイトボードに「スパイスカレーまん」と書いた。
「俺が山口さんに頼んだのは、『カレーまんにした時においしいスパイスカレー』です。ゴールを見誤ると、どんなにきれいなスタートを切ったとしても、目標には到達できません」
そうだ……。どこから僕はこんなカレーを作ろうと思ってしまったんだろう。地図があっても目的地が違う場所に記されていたら、本来の目的地には着かない。
僕は途中でフラフラしてゴールを見失っていたんだ。しかも、目指したゴールは見当違いの場所だったみたいだし……。
「スパイスカレーまん……。普通のカレーまんじゃなくて、スパイスカレーのスパイスカレーまん……」
僕は目が覚めた気がした。
「は、狭間さん! もう一度やらせてください! 絶対においしいスパイスカレーまんを作ってみせます!」
「お願いします!」
今度は、一人キッチンスタジオに引きこもって「スパイスカレーまん」の開発に打ち込むのだった。
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