第190話:突然の帰宅者とは

「お、お兄ちゃん!?」


「え⁉」


 さやかさんの言葉から、目の前の男性はさやかさんの兄、信一郎さんらしい。


 金髪で短髪、目鼻立ちはすっきりしていて……。背は俺よりちょっと低いくらいだから170センチくらいだろうか。


 背の高さと金髪で気づきにくいけれど、顔立ちはさやかさんに似ている。これは間違いない! さやかさんのお兄さん、信一郎さんだ!


 気になるのは、もう一人。信一郎さんの隣に女性が立っていた。金髪までないけれど、明るい栗色の髪のロングヘア。少し意地悪そうなつり目は、どこかさやかさんを思わせる。


「初めまして。狭間新太と申します」


 とりあえず、俺は信一郎さんに挨拶をした。


「お前か……。さやかを誑かしているっていう……」


 語気と言葉遣いからあまり友好的ではないらしい。


「さやか! 帰って来たぞ!」


 信一郎さんが大声でさやかさんを呼んだ。見た目、優男なのだけど、中身はオラオラ系なのだろうか。


「お、お帰りなさい。お兄ちゃん」


 さやかさんが少し躊躇気味に挨拶した。


「お帰りなさいませ、信一郎様」


 次に、東ヶ崎さんが深々とお辞儀をして挨拶をした。


「と、東ヶ崎……」


 やはり、東ヶ崎さんとも面識があるのか。東ヶ崎さんは昔からさやかさんに付いていたというから当たり前か。


「お兄ちゃん、こちらが狭間さんで私の婚約者です」


「僕がこの変な男から助けてやるからな! 僕はそのために帰国したんだ!」


 うーん、この一言で色々わかってしまったな。


 ***


 いつもの2階のリビングのローテーブルのほうに座った。


 俺の横にはさやかさんが座り、その下座に東ヶ崎さんが座っている。


 目の前には信一郎さん、そしてその横にはつり目のメイドさん。


 その表情から信一郎さんも、メイドさんも俺に対して友好的ではないようだ。まずは、メイドさんは信一郎さんの面倒を見るための人ではないだろうか。


 さやかさんに東ヶ崎さんが付いている様に、信一郎さんにもこのつり目メイドさんが付いていた、と。


「さやかさん、あの……正面は信一郎さんですよね? お隣は……」


 俺はこっそりさやかさんに訊いた。


「ちゃんとご挨拶できていなくてすいません。狭間さんの目の前がお兄ちゃんの信一郎で、その隣はお世話係の西ノ宮さんです」


「お世話係って、さやかさんに対しての東ヶ崎さんみたいな?」


「まあ、そんな感じです」


 概ね思った通り。聞かなくても大筋理解できたところを見ると、俺の洞察力もいい線いっているみたいだ。


「おい! きさま! さやかとイチャイチャするな!」


「お兄ちゃん! 狭間さんに対して失礼です!」


 信一郎さんは俺より年下だと思うけど、俺がさやかさんと結婚したら、お義兄さんになるんだ。年下のお義兄さん……ちょっと複雑になるな。


「すぐにお前に適合したドナーを見つけてやるからな!」


 信一郎さんがどびしい、とさやかさんに人差し指を指して宣言した。多分、さやかさんの病気のことを言っているんだろうな。


「それはもう、狭間さんが見つかりましたから必要ありません。私も聞かされていなかったので、知りませんでしたが、今までありがとうございました」


「そんなの嘘に決まっている!」


 ああ……誤解があるのかな。それとも思い込みが激しいのか……。


「大体、スーパーの弁当売り場で見つけたヤツがさやかが探しているS2000の適合者なんて……そんな都合のいい話があるものか! 僕が本物を見つけてやるからな! そして、こいつにこびへつらわなくてもいい様にしてやる!」


 また新しい言葉が出てきた。


「(こそっ)さやかさん、『S2000』ってなんですか?」


「(こそっ)私が将来なるかもしれないという病気の仮の名前です」


 そう言えば、さやかさんがなるかもしれないという病気はまだ名前すらないって言ってたな……。随分、オープンエアをスポーティーな走りと共に楽しむことができそうな名前だよ!


 病気のほうは、そもそもさやかさんだって「その病気になる可能性がある」というだけで、病気になった訳じゃない。


 そして、その病気にかかった際に適合者の骨髄液だかが必要で、その型が俺とさやかさんがマッチしたってことだった。


 それが分かったからと言って、俺自身には何も変化はない。「やっぱり間違ってました」と言われても「そうか」と思う程度。残念には思うのだろうけど、実感がないので、その程度なのだ。


 だから、「お前偽物だろう!」と言われたとしても「違います!」と言い返すほどの実感もなかった。


「よし! 狭間! 僕と勝負だ!」


 何かしらの誤解を孕んだまま、俺はこうして宣戦布告されてしまったのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る