第188話:東ヶ崎さんの誤解とは

 昔からの戦法として既にあったのだ。羽柴、後の豊臣秀吉が有名だろうか。歴史にほとんど詳しくない俺でも知っている。


 三木城攻めと鳥取城攻め。つまり、兵糧攻めだ。それぞれは、「三木の干殺し」、「鳥取城のかつえ殺し」と呼ばれたとか。


 つまり、城から出してもらえない。しかし、食料は必要。段々と食料がなくなり、最後には降参して自ら出てくる……。今が正にそんな状況じゃないだろうか。


 外にはスナイパーが待ち構えている。


 当然、俺たちは外に出ることができない。水と電気などライフラインこそあっても、食料には限界がある。


 高鳥家がどれほど備蓄しているとしても、そんなに長い間は持たないだろう。俺とさやかさんはとりあえず、リビングで落ち着くことにした。


「その昔、インターネットがメジャーになったばかりの頃、アメリカでネット通販だけで生きていけるか挑戦したドットコムマンってのがいたんだって」


「へー、そうですか」


 俺は、2階のリビングのソファに寝転んでスマホでKindle(電子書籍)を読んでいた。寝転んで読む場合、紙の本より薄いし、小さいし読みやすいのだ。


 さやかさんは俺のシャツを捲って頭を突っ込んで出てこない。


「……何してるんですか? さやかさん」


「退屈なので狭間さんを堪能してます」


 胸の辺りで声が聞こえてくすぐったいし、恥ずかしい。


 色々を心配して外に出られないので、俺も さやかさんも退屈していた。


 このところ何かと忙しかったので、いちゃいちゃ成分が足りないのかもしれない。


「そろそろ入れ替わって逆になるってのはどうですか?」


「無理です」


 なんだこれ。独特な甘え方だなぁ。


 ソファの背もたれに隠れてキッチンからは見えないので、東ヶ崎さんにも見られてない。


 エルフは自室で配信してるらしい。


「お嬢様、そろそろ食材を買う必要があるので私が……」


 寝転んだまま東ヶ崎さんと目が合ってしまった。


「もっ、申し訳ございません! 気づきませんで! お取り込み中でしたか!」


「いやいやいや! 取り込んでませんから!」


 相変わらず、さやかさんは俺の腹回りに抱きついたままだ。なんなら頬ずりしてるし。絶対誤解された! いや、もはや誤解ですらないのだけれど……。嬉しいやら、恥ずかしいやら……


「わたっ、私は、お買い物に出ますので、ごゆっくり!」


 みんな危ないからと自宅待機なのに、東ヶ崎さんだけ外に出るとか危ないに決まってる!


「ちょっと待って! これはアレ的なあれではなく、ちょっとお遊びというか……あれ的なアレで……」


 このままでは東ヶ崎さんが買い物に行ってしまう! 俺は身体を起こして言った。


「お気軽にアレ的な事をされるまでに……お嬢様と仲良くなられて大変喜ばしく……」


 明らかにこっちを見ず、視線を反らし早口でお辞儀をして出ていこうとする東ヶ崎さん。


 慌てて止めに行こうとするが、ダラダラモードのさやかさんが腹にまとわりついている。


 なんだか、浮気中に彼女がうちに帰って来て修羅場を迎えた浮気男みたいな構図になっているが、全くその要素はない事を知っておいてほしい!


「さやかさん! 東ヶ崎さんが行ってしまう! 外に出たら危ないのに!」


「お兄ちゃんはそんなことしませんよー?」


 さやかさんがのんきな声で言った。


 あれ? そうなの!? 俺はもう、しばらくこの家から出られないつもりでいたのだけど……。 



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