第187話:お兄さんの価値とは

 とりあえず、俺たちが今、急いで隠れないといけない理由は分かった。


 さやかさんのお兄さんである信一郎さんが、優秀なチルドレンたちを連れてクーデターを起こしたのだから。


 そして、その優秀なチルドレンたちは警察組織の上層部にも噛みこんでいる、と。


 つまり、こうしている今だってどこからかスナイパーが俺たちを狙っているのかもしれないのだ。


 ここで俺は、一つ基本的な疑問を思いついた。


「その信一郎さんが、思い付きだけの口だけの人ってことは、優秀なチルドレンたちも気づいてるんでしょ? なんでそんな人に付いて行くの?」


「お兄ちゃんは、思い付きだけはすごいんです。何も分からないから、何のしがらみもなく、斬新な発想が出て来ます」


 待てよ? 経営者が最も行うべき仕事……それは「決めること」。


 実行力皆無でも、思い付きが良くて、ちゃんと指示が出せれば……。そして、その思い付きを確実に実行して、功績を上げていく人たちがいたとしたら……。


 その経営者は優秀ってことになりはしないだろうか。


 しかも、次々誰も思いつかない様な突拍子もない様な事を言う経営者。普通なら周囲が疲れ果てて最後には1人になる裸の王様かもしれない。


 でも、周りにいるのは高鳥家大好きで絶対的な忠誠を誓うチルドレンたち。そして、その中でも優秀なサウザント。さらに、そのサウザントをまとめるブライテスト。


 そこには過去にない成功が集まり、その話を聞いた実力者はそこに参加したくなる……。


 もっと言うと、本人に実力がない分、途中で余計な茶々を入れないだろう。ある意味理想の経営者では⁉


「信一郎さんの凄さと怖さが分かった気がしたよ」


 ここで車は高鳥家に着いた。


 ここに戻ってくることはある意味、むこうも予想できるだろうから安全と言えるのかどうか分からないけれど、世界中広しと言えども高鳥家ここが一番安全なのだ。


 家に帰り、いつものリビングのいつものソファにドカリと座り込んだ。


 横にはさやかさんが座った。


「すいません、お兄ちゃんが……」


「いや、さやかさんが謝ることはないでしょう」


 それにしても、信一郎さんの目的が分からない。


 分からないなりに予想してみたら、可愛い妹を誑かす俺を抹殺しようとしている……そんな感じだろうか。


 自ら海外に引っ越して、そこで会社を興したりまでしたのだ。さやかさんのことが可愛いだろう。


 さやかさんが可愛いなら、東ヶ崎さんにも危害を加えるとは思えない。二人はいつも一緒だ。


 ……そうか。信一郎さんも以前はこの家に住んでいたということだから、東ヶ崎さんと一緒に成長して来たってことになる。益々危害を加えるとは考えにくい。


 やっぱり、俺だろうなぁ……。SATで俺を仕留めて以前の平和を取り戻そうと……そんな感じだろうか。


「どうしたんですか? 狭間さん、ぐったり肩を落として」


 さやかさんが心配そうに顔を覗き込んできた。


「いや、どう考えても、狙いは俺だろうなぁ、と……」


「仮にそうだったとしても、絶対に狭間さんに手を出させたりしません!」


 その気持ちは嬉しいんだけど、万が一にもさやかさんに何かあったら、その方が俺にとってはダメージが大きいんだけど……。


「ひとまず、どうぞ」


 ここで東ヶ崎さんが麦茶を入れてくれた。


 いつもはコーヒーだけど、今は冷えた麦茶をグイっとあおりたい気分だ。さすが東ヶ崎さん。彼女が優秀であればあるほど、そんな優秀な人たちが、こぞって俺を狙っている訳で……。


 益々気持ちは落ち込んでいく。


「狭間さん……」


 さやかさんが不安そうに俺の顔を見た。


 俺は少しでも安心させようと、さやかさんの肩を抱いた。


 東ヶ崎さんがキッチンに戻ったタイミングで、俺は既に詰んでいることに気が付いた。……気が付いてしまったのだ。

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