第184話:閑話 さやかお嬢様がポンコツ化とは

 食後、狭間さんとお嬢様がリビングで寛がれています。今日は動画を楽しまれるのだとか。


「お嬢様、片付けは私に任せて、狭間さんと動画を楽しまれてください」


「すいません、東ヶ崎さん。よろしくお願いします」


「はい。ごゆっくり」


 これはつい数分前のお嬢様と私の会話。


 普段お忙しいお二人だから、私としてはこうして少しでもお二人の時間が取れる様にすることくらいしかできない。


 食事が終わった食器類を洗って、同時にお二人のためにコーヒーの準備をしましょう。


 実は、私 東ヶ崎愛には秘密の趣味がある。それは、コーヒー。


 密かに豆の焙煎からやっている。豆の焙煎は大きく分けると、「浅煎り」「中煎り」「深煎り」の三段階がある。


 焙煎のプロは8段階に煎り分けることができるという。私はその2倍の16段階で煎り分けている。


 そして、それらの豆を場面によって、狭間さんやお嬢様の体調なども考慮してお出ししている。


 こうしてキッチンからお二人の後ろ姿を見ているとそれだけで癒される……。さて、今日の豆は「フルシティロースト」と「フレンチロースト」の中間くらいの豆でコーヒーを入れて、少し牛乳を入れてお出ししようかな。


 こうしてキッチンからリビングのソファに並んで腰かけてテレビを見ているお二人の後ろ姿を見ていると、ある事に気が付いた。


 落ち着いて画面のほうを向いている狭間さんと、対照的に落ち着きがないお嬢様。


 お二人は、この間の東京へのご出張からまた少し雰囲気が変わった。


 それまでどこかフワフワしていた部分もあったけれど、狭間さんが一段と凛々しい。あれは守るものができた男の人の顔。


 一方、お嬢様は笑顔が絶えないというか……簡単に言うと瞳の奥にハートマークが見えると言うか……。狭間さんを見る時の好き好き光線の度合いがもう2段階くらい上がった感じでしょうか。


 一言で言うとめろめろですね。


 あ、お嬢様が狭間さん側の手元を見ている。ソファの背もたれで手の辺りは見えないけれど、後ろ姿からでも手を握ろうとしているのが分かります。


 それに気づいたのか、狭間さんが手を握られた。


 お嬢様は肩が跳ね上がる様に驚いている。ご自分で手を握ろうとしていたのに。


 ダメだ。


 私の顔も突っ張っている。これはきっとにやけているんだ……。ニヤニヤが止まらない!


 ここでコーヒーが入った。さりげなく、空気の様にコーヒーをお出ししてきた。


 でも、コーヒーを出しに行ったことで、お二人が手を放してしまわれた。もう少し早くコーヒーを淹れられていたらよかったのに。


 今日の動画は、サメのパニック映画だと漏れ聞こえて来ていた。


 たしか、ジョーズよりもパニック映画としては大人し目で、その代わりに海の映像がきれいだという映画。単に海の映像が流れる動画を見ているより少し緊張感があって楽しめるのかもしれない。


 それにしても、お嬢様は全然動画に集中していないみたい。今度は、狭間さんの肩に頭をもたげるかどうか、迷っておられるみたい。


 後ろ姿だけだから表情も何も見えないのだけれど、全てが伝わってくるようなのは本当に微笑ましい。尊い!


 あ! 狭間さんがそれに気づいたみたいで、お嬢様の肩を抱き寄せた!


 お嬢様が真っ赤になっているのが見なくても分かる。


 動画はラブシーンに入ったようで、お嬢様の肩にあった狭間さんの手はお嬢様の頭を撫でたり、肩を抱き寄せたり……。これはそろそろ退散しなければ。


 私はキッチンに向き直る。もう少しで洗い物が終わるので、ここまで終わったら私は退散を……。


 でも、ちょっと気になる。再び振り向いてお二人の後ろ姿を……。


 あ! 狭間さんがお嬢様にキスした! お嬢様の天頂からは蒸気がぷしゅー、と吹き出している様。


 私は一刻も早く自室に退散しなければっっ!


 きっと明日、お二人に動画の感想をお聞きしても何も感想が出てこないことは容易に想像できる。


 私は動画よりもいいものが見られたと思いつつ、自室に退散するのだった。

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