第183話:閑話 今日のお嬢様とは

「東ヶ崎さん! 今日の夕飯は私が作ります!」


「はい。では、私がお手伝いを」


「お願いします♪」


 最近のお嬢様はよくお料理をされます。お嬢様に仕える者として嬉しいことです。


 仕事を通してお野菜のことを学ぶことで食に興味が沸いたのだと思います。そして、大切な人……狭間さんが現れたことで、余計においしくて安全なものに興味が向いている。


 私としては、嬉しい限りです。


 お嬢様とこうしてキッチンで二人ならんでお料理ができるなんて……これも狭間さんのお陰です。


 私は狭間さんにどれだけのものをいただいているのだろう。私ひとりでは、絶対に今の状態に辿り着くことはなかったでしょう。少々のことではお返しにもならない。


 玉ねぎを洗っている時にふと気づきました。


 お嬢様が左手の掌を目線の高さに上げてうっとり見とれている……。あれは、狭間さんから頂いたという婚約指輪。


「きれいですね」


「え⁉ あっ、ごめんなさい」


「いえいえ、見せてください。婚約指輪」


「いっ、いいですけどぉ」


 あのお嬢様が真っ赤になって照れている。見ているこっちのほうが嬉しくなってしまう。


「シンプルなんですけど、結婚指輪みたいに指輪の内側に石がハマっているんです」


 たしかに、婚約指輪には大きな石が嵌められていることが多くて、日常的に付けっぱなしにする結婚指輪はシンプルなものが多い。


 ここまで来るのに長い時間をかけられたお二人だから、婚約からご結婚までも時間は少しゆっくり取られるのだと思う。


 だから、私が狭間さんにシンプルなものをご提案申し上げたのだ。それが採用されたのだろう。


 狭間さんも私のことを信頼してくださっているのを感じる。


「よーく見ると、メビウスの輪の様になっているんです! これは永遠の愛を示していると店員さんに教えていただきました」


「この曲線にはそんな意味が込められているんですね」


「はい♪」


 元々、お顔立ちが整っていて、ひいき目なしに見ても美人のお嬢様。ただ、表情はどこか冷めていたところがあった。それが、狭間さんと出会ってからは表情も豊かになって、さらに好ましいお顔立ちになって……。


 狭間さんはどんな魔法を使ったのか……。


 右手を頬に当てて、左手薬指の指輪をうっとり見つめるお嬢様……。尊い! この表情を心のSSDにしっかり焼きつけなければっ!


「お嬢様? お顔が少々残念な感じになっておられますよ?」


「はっ!」


 我に返った様に両頬をパンパンと叩いて引き締めるお嬢様。それもまた尊い。


 そこに背後から人の気配が……。これは狭間さん。噂をすれば影ですね。


「あ、もう料理始めたんですね。今夜の夕食はなんですか?」


 料理をしている私達の後ろに狭間さんがちょいと顔を出した。


「はい、カレーです。山口さんの本格スパイスカレーには負けますけど……」


「いえいえ、家のカレーと言ったらこのカレーでしょう! 俺なんかずっと一人暮らしだったから、さやかさんのカレーが家庭の味になってますよ」


「そっ、そうですか。ありがとうございます」


「そっかぁ、今日はカレーかぁ。楽しみだなぁ。できるまでもう一仕事終わらせておこうかな」


「煮込むので1時間くらいかかると思います」


「あ、全然急ぎませんから。あ、でも、カレーと聞いてお腹が減ってきたかも」


 少し照れくさそうに笑う狭間さん。彼の表情もまた自然で好ましい。


「ここは私達に任せて、狭間さんは好きに過ごしていてください」


 照れ隠しなのか、狭間さんの背中を押してキッチンから追い出してしまうお嬢様。ああ……お二人のやり取りの全てを記録に残したい!


「じゃあ、気を取り直して作りましょうか!」


 くるりとこちらを向いて言うお嬢様。


「はい」


 こうして私の幸せな時間は紡がれていくのだった。



■近況

書籍化のために約7か月お休みしてしまいました(汗)

リハビリも兼ねて閑話を2つ書きました。

今日は1話公開です♪

また、よろしくお願いします。

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