第181話:今日のキッチンスタジオ

 午後はキッチンスタジオの視察だった。今日も撮影があるらしいので見学することになっていた。


 見学と言っても以前の様に何か問題があったら改善検討する材料なので目が離せないタイプの見学だ。


 松田さんは午前中メイド喫茶で働いていたけど、午後には準備をしてキッチンスタジオの撮影のアシスタントになる。よく働くな、彼女。


 そんな事を考えていたら、「朝市」の建物間を移動する松田さんが見えた。



「あ、松田さん、お疲れ様。撮影頑張って」


「あ、狭間さん、ありがごうざいます!」



松田さんが立ち止まってくれた。



「よく働くね」


「撮影の前の少しの時間に働けるとか今までにない好条件です! 助かってます!」



 そういう考え方もあるのか。



「『撮影会』『朝市ここ』まで来てくれるお客さんがいるし、もういっそ『朝市ここ』に住みたいです!」



 住まれたら困るけどな。でも、そう言ってもらえると嬉しいな。松田さんは、嬉しそうに、忙しそうに、スタジオの方に駆けていった。



「松田さん、人気が出たらいいですね」


「そうですね」



 さやかさんとしみじみそう言い合った。



 *



「これすごくない!? バンバンスライスできるよ!」



 男性タレントがステンレスの器具でじゃがいもを次々棒状に切り刻んでいく。


 堅いじゃがいもは、まるでところてんのように一瞬で棒状のフライドポテトの形になってしまう。


 あの店のよりだいぶ細い感じ、それが新しいらしい。


 これがスポンサーである雑貨店の次の売り出し商品らしく、スタジオに持ち込まれていた。


 その良さを伝えるために、練習も含めて結構な量のじゃがいもが揚げる前のフライドポテトの形になっている。



「後は揚げるだけで家庭でも簡単にポテトができちゃうね! これいいわ! 僕、買います!」



 カメラの前で調子のいいことを言うタレント。


 松田さんは、画角の端で静かにポテトを揚げていた。


 今日の料理は豚肉とピーマンとたけのこの炒めももの。切って炒めるだけだから、今回の撮影では松田さんの活躍の場があまりなかった。


 料理が終わり、盛り付けの段階でスポンサーさんから依頼のポテトスライサーを使うくだり。


 素人考えだけど、豚肉の炒めものとフライドポテトは果たして合うものなのか……



「ポテトめちゃくちゃ余ったねー」



 カメラは止めないけれど、明らかに撮影の合間の休憩に男性タレントが言った。


 相変わらずスタッフは、少なく撮影クルーは二人だけ。定点カメラは固定でもう一人が手元撮影用のカメラで撮影している感じ。


 料理が終わったし、後は盛り付けって事で「休憩」と名が付かない程度の小さな休憩。


 あのじゃがいもは、「朝市」で売られていたもの。撮影には必要だけど、捨てられてしまうのを見るのは俺としては心が痛い。



「あの……一つ思いついたんですけど、少しだけこのじゃがいももらってもいいですか?」



 松田さんが軽く手を上げて聞いた。



「どう? いいよね?」



 タレントがスタッフに確認する。



「いいですよ? 何かレシピあります?」


「レシピと言う程ではないんですけど……」



 松田さんは、調味料入れに使っていた小さなステンレスのボウルに棒状のポテトをきれいに並べていく。まるで編み物みたいに直角に交差させるみたいに置いていった。


 それが終わると、もう一段小さい器を上から入れて押し当てた。


 そして、そのまま油に入れて揚げ始めてしまった。


 浮いてくるボウルを菜箸で押さえて、しばらくしたら揚げ上がったらしい。



「おおー!」



 ボウルを外すと、ポテトの器になっていた。事前に塩コショウと片栗粉をまぶしていたので、食べることもできるらしい。



「今日の炒めものは、タレの粘度が高いのでこの器でも壊れないと思います。ポテトの必然性も出てきて……いかがでしょうか?」


「「……」」



 タレントとスタッフが顔を見合わせた。



「いいよ! いいよ、これ!」


「これで行きましょう! 採用! 採用!」



 二人も炒めものにフライドポテトは何か違うと思っていたのだろう。見栄え的にも面白いし、子供も好きそうで家庭でもトライするかもしれない。商品が売れればスポンサーも満足だろう。


 松田さんも嬉しそうだ。



「このレシピを放送で使ってもいいですか?」


「はい、もちろん!」


「え? なんで!? いま思いついたの!?」


「あ、はい。お料理を見ながら……このじゃかいも私ならどうするかなって……」


「すごい、すごい!」


 *


「じゃあ、松田さんは料理の先生で料理研究家なんだ! しかも、ユーチューバー!」


「え? 料理の先生なの!?」


「あ、はい、一応……」



 タレントとスタッフが驚いていた。



「茉優先生じゃない!」


「そんな、先生だなんて……一応です」



 ここで、松田さんのニックネームが決まったらしい。女の子をニックネームで呼べるようになった時、嬉しくて余計に多く呼んだ経験はないだろうか?


 男性タレントは2本目の収録で「茉優先生」を何度も呼んでいた。料理中の雑談的な話でも、「彼女ユーチューバーらしくて」などいじられていた。


 その後、松田さんのチャンネルの再生数が爆上がりして、登録者数も1日で20万人も増えたらしいのでテレビの力もまだまだ捨てたもんじゃないらしい。


 松田さんもこの調子なら少しずつでも人気が出てくるのではないだろうか。強かに更なる上を狙っているみたいだし、今後が楽しみだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る