第179話:メイド喫茶「異世界の森」とは

「朝市」の人気はある程度しっかりしている。その「朝市」の中でも少し挑戦の要素があったのがメイド喫茶だった。


「朝市」のメインの客層は、新鮮な野菜を求める男女。年齢で言えば30代以上。特に年齢が上がって行くほど来客頻度が高い。


 そう考えると「メイド喫茶」は異質。


 客層は10代、20代が中心と予想された。男女で言えば圧倒的に男性。対象となる客層が全然重ならないのだ。


 企画の段階では、10代、20代の人が希望するメイド喫茶は業種としては飽和期、もしくは衰退期と捉え、50代、60代に向けた少しクオリティの高いメイド喫茶を目指す予定だった。


 ところが、ふたを開けて見たら10代、20代の客層がわざわざ「朝市」に来るようになったのだ。


 そこにはエルフの影響が確実にある。


 そして、来たからにはメイド喫茶の利用はもちろん、飲食店でご飯を食べたり、弁当を買って帰ったり、「屋台」を利用したり……売り上げに貢献してくれているのだ。


 しかも、年配者と比べると食べる量が多いせいかいっぱい買ってくれる傾向があった。そのため、各店若者向けのメニューを開発するなど盛り上がっている。



「ごしゅじんさまー、おじょうさまー、お帰りなさいませー、にゃん」



 メイド喫茶「異世界の森」の扉を開け、俺とさやかさん入店で出迎えてくれたのは猫耳の光ちゃん。彼女がいるだけで年配者もメイド喫茶に来るようになったので、強力なスタッフだ。


 MCが面白いし、個人で集客力あるし、重要な人物なので給料も上げるというと、喜んでメイド喫茶に移籍してくれたのだ。


 それにしても、猫耳似合うな。



「お席にごあんないー、にゃん」


「どうも」



 今日はお客さん……もとい、ご主人様とお嬢様として店に来てみた。スタッフのみんなは当然俺らの事は知っているので覆面調査的なものではない。


 それにしても、光ちゃんの「にゃん」は言わされてる感がすごいけど、それがまた味になってる。



「何か飲まれますかー?」



 メニューを差し出す光ちゃん。そこにはみんなで考えたメニューが、並んでいた。



「カフェオレを」


「私は、紅茶を」


「かしこまりー、にゃん」



 東ヶ崎さんがみたら失神しそうな接客だけど、ここはメイド喫茶。ご主人様が楽しめたらそれでいいのだ。


 言葉使いなんかも多少間違えていても大丈夫。メイド喫茶にはそう思わせる何かがある!


 ちなみに、東ヶ崎さんは裏の厨房に行って色々チェックしてくれている。



「店はどうかな?」



 オーダーを通して再び戻ってきた猫耳の光ちゃんに聞いた。



「松田さんが良い味出してる、にゃん」



 松田さんはメイド喫茶でバイトしながら、動画配信も頑張りつつ、テレビにも出始めた。


 まだお手伝い程度で、喋ったりする程の役じゃないけど、料理の手伝いでちょいちょい画面に出る。


 たまに「みじん切りお願いね」「はーい」みたいな短い会話はある。そこから人気が出たらいいのだけど……


 その松田さんがメイド喫茶でどんな味を出しているっていうんだ!?


 店を見渡すと、割と混んでる。商売的には良い状態。



「オムライスのご主人様ー! ケチャップで『大好き』ご希望のご主人様ー! 『萌え萌えキュン』ご希望のご主人様ー!」



 松田さんがオムライス片手にお客様……もとい、ご主人様を探している。どのテーブルのオーダーか分からなくなったらしい。


 ただ、その探し方……



「そちらのご主人様、オーダー少々お待ちください! いま別のメイドが参ります!」



 うーん、テキパキしてる。テキパキしてるんどけど……



「あ、そこの獣人族ちゃん! 3番テーブルのご主人様のオーダーお願いします!」



「3番テーブルのご主人様」ってなんだ。凄くシュールな光景だった。


 メイド喫茶が忙しいとこうなってしまうのか。なんかもうちょっと考えないのな。メイド喫茶の「非日常感」というか「特別感」が完全に死んでいる。


 でも見てて楽しいけどな。



「いつもこんなに忙しいの?」


「今日はまだ良い方で、週末にエルフたんが来たら戦争ー、にゃん」



 戦争……嫌なメイド喫茶だな。そんな殺伐とした現場にメイドがいる理由が分からない。早急に対策が必要だ。


 それにしても、今の世の中にお客さんが多すぎて困るというのは贅沢な悩みだ。



「光ちゃんはどうしたらいいと思う? 何か案があれば教えて」


「そっスねー、エルフたんはイベントオンリーでいいんじゃないスかー? にゃん。『屋台』の方が料理はたくさん出るし、回転も早いっスー、にゃん」



 凄くいい事を言ってくれているのに、語尾が「にゃん」なだけで相当面白くなっている。これは、ここで聞いた俺が悪かった。



「また後で詳しく教えてください」


「かしこまりー、にゃん」



 何だかんだ言って、光ちゃんも楽しんでいるみたいだから、まずは良かった。



「さやかさん、あの松田さんは何に扮しているんですか?」


「アンデッドですね。ゾンビみたいな」



 普段、無農薬野菜しか食べなくて、添加物を極力取らないようにしているという松田さんがゾンビってどういう発想なのか……


 どこか堅いというか真面目過ぎるきらいがある彼女だったけど、そんな遊び心もあるならいいか。



「あ! 狭間専務! お疲れ様です……じゃなかった、お帰りなさいませ! ご主人様、お嬢様!」



 松田さんが俺達に気づいて挨拶に来てくれた。挨拶がめちゃくちゃで面白い。


 反射的にちゃんとしてしまうところが彼女らしいのか。



「頑張ってますね。接客が大変って聞いたので、早急に対策打ちますから、もう少し堪えてください」


「は、はい! ありがとうございます!」



 そのまま、仕事に戻ると思ったのに、胸元で指をもじもじさせながら少し上目遣いで何か言いたそうだ。



「どうかしましたか?」



 あ、忙しすぎるって苦情かな!? すまん! すぐに対応するから! でも、今日の今日は流石に無理だよ!?



「狭間さんって、何社も会社を経営するすごい会社の専務さんって聞きました。そんな人と私、気軽に話しちゃって……その失礼がなかったかなって……」



 そうきたか。俺は良くも悪くもこのままだし、人によって態度を変えるとかっこ悪いと思ってるし……



「別に失礼とかなかったし、俺は俺だから、今まで通りでお願いします」


「は、はい! テレビのお話とか、何かあれば是非お願いします!」



 90度の最敬礼の挨拶をした後、松田さんが仕事に戻っていった。



「俺は、雇われ専務なのに……」


「あら狭間さん、狭間さんは、彼女が欲しがってた、『テレビや芸能に関わってる人』で『企業の役員などでスポンサーについてくれそうな人』じゃないですか」


「え!? 俺、そうなんですか!? そんな事言ったら、さやかさんなんか その会社の社長でしょ!?」


「私は大学生社長ですから、ほとんど現場を知りませんし」


「ちょ、ちょっと待ってください! いつから俺はそんな有能そうな人になったんですか!?」


「初めて会ったときから有能だって思ってましたよ? 私は」


「ええーーーーー!?」



 俺の評価どうなってんの!?



「ちなみに、私はテスト前1ヶ月は全く仕事してませんでしたから。全部狭間さんでした。私は、報告を聞いただけです」


「うそーーーーーん!」



 いつの間にかめちゃくちゃ働いてた! 確かに先月とかかなり忙しいと思ってたんだ! でも、管理してる会社の数が増えたからだと思ってたし!


 エルフ関係だと思ってたし!マルチ関係だと思ってたし!



 とりあえず、メイド喫茶は何とかしよう。次は「屋台」だ。今日は色々忙しいな。

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