第178話:最新の「朝市」とは

「今日は『朝市』からですね」


「はい、お願いします」



 今日は東ヶ崎さんがいるので、彼女が運転してくれている。


 俺と さやかさんは後部座席に座っている。快適に座っているだけで目的地に着くのだから楽なのだけど、俺としてはちょっと物足りない。


 やっぱり、自分で運転する派なのだろう。2トントラックも運転したいなぁ……



「ふぁ……」



 さやかさんが珍しくあくびをした。



「お嬢様、寝不足ですか?」



 東ヶ崎さんが心配して聞いた。



「昨日は狭間さんが中々寝かしてくれなくて……」


「……」



 東ヶ崎さんの顔が赤くなった。ルームミラーから見ても分かるくらい。



「ち、違いますからね! そういう意味じゃなくて俺は、エルフの事を報告してただけですからね!?」



 慌てて弁解してみた。



「は、はい。心得てます」



 東ヶ崎さん、澄まし顔なんだもん。ちゃんと正しく理解してくれたのかな? とても心配だ。


 4階の改装は終わり、俺と さやかさんは互いの荷物を移動させて引越した。


 同じ家の中なのだけど、5階はちょっと異質。部屋ごとにドアがあるワンルームマンションのような作り。


 一方、4階は一戸建てみたいに広い。言ってみれば、家の中での荷物の移動なんだけど、意識的には「引越」だったのだ。


 部屋もいくつか作った。でも、寝室は一つ。ベッドも一つなのだ。


 うーん、完全に誤解とは言えないけれど、昨日は遅くまでエルフの事を話していたから遅くなっただけだから!


 さやかさんがやってくれた高校の手続きの話とか、俺がエルフのクラスメイト達とどうやって連絡とってたか、とか。


 今のエルフとこれからのエルフの事を話していた。



「着きました」


「ありがとうございます」



 俺が晴れた空を見上げていたら、車から降りた さやかさんが東ヶ崎さんに質問していた。



「東ヶ崎さん、さっきのあれは何だったんですか?」


「えーっと……」



 東ヶ崎さんが答えにくそうだ。さやかさんの耳元に口を近づけて、ヒソヒソと説明しているようだった。


 その光景だけで、俺は既に恥ずかしいのだけど……



「ちがっ! 違いますからね! 違わないですけど、違いますから!」



 あぁ、もう さやかさんが何を言っているのか分からない。


 弁解もできないし、受け入れるしかないのか!? 世の中の人はこんな時どうしているのか!


 顔から火が出るとはこんな状態かもしれない。



 *



「狭間専務、さやかさんどうされたんですか? 顔が真っ赤です。風邪ですか?」



 事務所に着いたら、真っ先に領家くんに指摘されてしまった。



「な、な、何でもありませんから! 誤解ですから!」



 さやかさん、そのリアクションだと何かあったとしか思えないですよ。領家くんは、お願いだから、そっとしておいてくれ。



 ***



 現在「朝市」が抱えている問題は、来客が多すぎる事だ。今の時代に贅沢過ぎる悩みが起きていた。


 これ以上、土地を広げようにも広げる土地がない。田舎ならば土地は有り余っていると思うのは間違いで、田んぼがあったり、川があったり、思うようにはいかない。


 しかも、誰の土地か分からないところまであると困難を極める。


 もちろん、登記簿謄本を見れば誰のものかはわかる。でも、その人がどこにいるかまでは分からない。


 そこで今日の会議なのだ。



「……以上が、『朝市』の現状です。アイドルやメイドの集客効果は予想以上で、土地建物のキャパを超える日が出てきている程です。この人気がしばらく続くとしたら、従来からのお客様の店離れが懸念されます」



 領家くんがプロジェクターに映し出される資料をレーザーポインターで指し示しながら説明していく。


 さやかさんに見つめられていない時の彼は優秀だ。リサーチなどもチルドレンが使えるのか、かなり詳しい結果を持ってくる。


 すごい人を仲間に迎えられたもんだ……



「改善案はありますか?」


「はい、数案考えて実現可能な3案を準備してます」



 俺の質問にも動揺することなく、対策案を1つどころか3つも準備してくれていた。多分、どれを選んでも何とかなるところまで煮詰めてあるのだろう。



「1案目ですが、建物を全フロア2階建て以上にする案です。駐車場は周囲の土地を細切れで契約駐車場として借り上げます」



 なるほど。多少、お金はかかるけど確かに解決できる。2階を若者が好きなもののフロアにして、1階は年配者が好きなものにすれば、自然と分けることができる。



「2つめは、『朝市2号店(仮)』を全く別の場所に作る案です。お客さんの多くは市内から来られています。全く違う場所に2号店が出来れば、そちらに客足が流れて結果的にキャパに収まります」



 なるほど。これもありかな。別のエリアでも野菜が集められるし、「森羅」にもいい効果が生まれそうだ。



「3つ目ですが、少し離れた場所にメイド喫茶とアイドル関係だけを移設する案です」



 なるほど、客の年齢層を分けたいなら、コンテンツ自体を分けるってことか。地続きではなく、少し離れた場所ってのが実現可能そうだ。


 いっそ、メイド喫茶とアイドル関係は市内に移動した方が便利がいいのかもしれない。



「近くに手頃な広さで買えそうな土地はありますか?」



 さやかさんが質問した。



「あっ、あのっ! どこに行っても、僕が何とか、いや。調べたところ、いや、調べてもらったんですが……」



 あぁ、始まった。始まってしまった。きっと、土地の目星も付けてたんだろうなぁ。領家くんのことだから下手したら、所有者さんと既に仲良くなっているのかもしれない。


 でも、もう今日はその話は聞けないだろうなぁ。


 今度、お茶会みたいなのを開いたりして、少しずつ さやかさんに慣れてもらうしかないな。



「ありがとう、領家くん。あとで資料をメールしてください。補足があったら追加してていいから。明日、明後日にはこちらでも検討してみて、早ければ来週中には方向性を決めるよ」


「は、はい! 承知しました!」



「補足」の資料で何とかアピールしてくれ。俺はその資料を さやかさんに見せてOK取ることにするよ。ちゃんとキミの功績だとアピールしておくからね。


「領家くんポンコツ問題」は次回くらいに、ちょっといいコーヒー豆でも持って来て、さやかさんと東ヶ崎さんも一緒に4人でお茶でも飲んだらいいだろう。何回か続ければ徐々に改善していくと思う。


 うーん、何もトラブルがないというのは、とても精神的に楽でいい。大体、悩みが「お客さんが多すぎる」って贅沢過ぎるだろう。その問題も、今週中に対策方針は決まるだろうし、何の心配もしていない。


 さて、次は新オープンのメイド喫茶「異世界の森」かな。

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