第177話:新しい朝とは

 長谷川氏はどうなったのか。良くも悪くも全く話を聞かない。


 だけど、すごい爽快感と共に目が覚めた事を考えても、無意識に心残りだったのかもしれない。


 エルフの事も一段落したし。

 修二郎さんからの会社の引き継ぎも概ね終わった。



「おはようございます、狭間さん」


「おはようございます、東ヶ崎さん」



 朝のリビングで最初に挨拶してくれるのは、だいたい東ヶ崎さんだ。



「今朝は、ぐっすり寝られたんじゃないですか?」


「分かりますか? ぐっすり眠れたみたいで……」


「ふふふ、寝癖が付いてますよ?」



 ちょんちょんと俺の寝癖をつつく東ヶ崎さん。彼女のこんなに楽しそうな笑顔はとてもレアだ。朝からいいものが見れた。



「あーっ! 狭間さんが東ヶ崎さんと浮気しているーっ!」



 さやかさん、朝から元気だなぁ……



「むーーーっ! 狭間さんが! もにゅもにゅもにゅ……」



 さやかさんが頬を膨らせて近づいてきたので、その頬をもにゅもにゅしてやった。東ヶ崎さんが圧倒的に温かい目で見守っている。



「狭間さん、やきもち妬きの私をめんどくさい女だと思っているでしょう!」(もにょもにょ)


「そんなことはありません。これは最高級の愛情表現です」



 引き続き さやかさんの頬を もにょもにょし続ける。



「私が言いたいのはー……」


「おはようございます。俺の婚約者様、今日も可愛いですね」


「そっ、そんなことを言っても誤魔化されませんからね! 褒めたって何も出ませんからね!」



 お憤りの婚約者様にプイっと後ろを向かれてしまった。



 *



「狭間さん、今日の朝食は私が作りました!」



 両手を広げてご機嫌な さやかさん。何も出ないと言って、豪華な朝食が出てきました……


 テーブルの上には、ご飯と豚汁と言ってもいいくらいの具沢山みそ汁。焼き鮭、納豆、味海苔。ちょっとした旅館の朝食みたい。


 俺の愛情表現がさやさかんの膨れた頬をもにょもにょすることだとしたら、料理を作ってくれるのが彼女の愛情表現かもな。



「さやかお嬢様は、絶対狭間さんに甘すぎると思うんだ。そうでなかったら、騙されてるに違いない!」



 トーストをかじりながら、さやかさんのことを言っているようで実は俺をディスるエルフ。


「おい、やめろよ!」という視線をエルフに送ると「ボク、知りませーん」というジェスチャーと視線で返してきた。


 こいつもすっかりこの家に慣れたな。最初はガチガチで歩く時に右手と右足が同時に出るくらいの勢いだったのに。



「じゃあ、ボク、そろそろ学校行くね! あ、今週末は『朝市』で公開収録だから、お兄ちゃん、車で送ってね!」



 改めて考えて、Ꮩtuberの公開収録ってなんだ!? 顔は隠れているのか、隠れてないのか!?


 それよりも、どこで覚えたテクなのか、エルフは俺にお願いする時だけ「お兄ちゃん」を使うようになった。


 あの容姿で、あの感じで、「お兄ちゃん」とか言われたら断れないのだ。


 最初こそ、「生意気なガキンチョ」だと思っていたけど、妹だと思い始めるとこの「生意気」な部分も含めてかわいく思えてくるから不思議だ。



「放送の中でお兄ちゃんのためだけに、ボクが食べたいものを言うから、終わるまでに買っておいてね♪」



 そういう、放送を私物化するみたいなことは、友だちや彼氏とやってくれ。



「じゃあねー」



 席を立ち、俺の後ろを通る時に寝癖を摘まんで行った。彼女は高校生なので、この家を出るのが一番早い。


 新しい学校では、新しいクラスで割とうまくいっているようだ。


 今度は、自分からも積極的に話しかけたみたいだし、交流することも心がけたみたいだ。


 そして、福岡で色々なところに連れて行ったこともあって、色々な人と会って、話をしたことで人に慣れてきた。


 コミュニケーション能力が上がったと言ってもいい。


 そんな彼女ならば、金髪でも、見た目がエルフでも、障害になったりしない。むしろ、目立つ容姿は武器になっているらしく、人気者みたいだ。ご飯の時には、よくクラスの子の話もしている。


 動画配信の事も隠していないみたいだ。


 地元の元クラスメイト達ともオンラインで交流しているみたいだし、彼女はもう大丈夫だ。


 そんな彼女の後姿を見送ると、さやかさんの半眼の視線が俺の方を向いていることに気付く。



「朝食おいしいですよ」


「ホントですか!? どれがお好みでしたか?」


「焼き鮭の塩具合がすごく良くて、鮭が甘く感じますね」


「すごくこだわってます!」



 そうだろうなぁ。偶然こんなに美味しくはならない。



「狭間さん、エルフちゃんを可愛がってますね」


「まあ、婚約者の妹ですし。それなりには……」


「! そうきましたか。まあ、いいでしょう。それより……」



 さやかさんがスマホの画面を見ながら続けた。



「今回のエルフちゃんの件で一体いくら使ったんですか?」


「んー、軽自動車が買えるくらいです」


「まったく……狭間さんはお人好しが過ぎると身を滅ぼしますよ!」


「まあ、無駄に沢山給料もらってますから」


「まったく……」



 ちょっと呆れられてしまった。でも、笑顔だ。悪くない気分だ。


 そう言えば、朝 最初に東ヶ崎さんが淹れてくれたコーヒーもいつもより良い豆だった気がする。


 妹分のエルフの事のお礼かもしれない。悪くない。



「今日は予定通り狭間さんと回りますからね」


「はい、お願いします。判断してもらいたいことがいくつかあります」



 そう言えば、俺の一日はわちゃわちゃに忙しいのだけど、これでいいのか!? ちょっと振り返ってみるか。



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