第176話:エルフの身の振り方とは

 ハッキリ言ってステージは最高の出来だった。それまでに疲れたなんて言っていたのが噓のようだった。


 ステージから帰ってきた後の控室でもクラスメイトと交流していた。俺はその姿を見て、「もう大丈夫」と思った。


 そして、エルフは長いこの家で生活を終えて、また地元に戻ってこれまでの日常をやり直した形でクラスメイト達と仲良くやっていくだろう、と。


 卒業を迎えるころには笑い話になっていて、中には同じ大学に進学する友達も出てくるかもしれない……


 そんな未来を予感した。



 ***



 その日の夜、エルフに高鳥家の屋上に呼ばれた。以前、相談を受けた場所。ここで相談が始まったのだから、ここで終わる。エルフも中々分かってる。成長したな。



「狭間さん。……今日は、ありがと」


「ああ、でも、よかったのか? みんな福岡に泊まるぞ? 仲間に入らなくてよかったのか?」


「みんなとは、これからいつでも会えるし……」


「そか」



 俺はタバコを吸わない。屋上に、小学生か中学生と間違えるくらいのJKと一緒ってのは手持ち無沙汰だ。


 辺りは暗くなってきているんだ。遠くのビルの光なんかを見ながら、紫の煙をはーーーーっと吐き出すとカッコいい気がする。


 俺にタバコは似合わないのは知っているので、手すりの高さまである屋上の立ち上がりに肘をついて彼女から出る別れの言葉を待っていた。



「ここで相談したじゃない?」



 エルフがふいにさっきの話の続きを始めた。



「ボクは、絶対クラスの人と仲良くなるとか無理だと思ってた。狭間さんが言うことだって、大人の理想だと思ってたし」


「大人の理想?」


「大人は、昔 子供だったんでしょ? その時にダメだったことを大人になって、今なら何とか出来るって思ってるよね? そんな訳ないんだよ。今ダメだったら、ずっとダメなんだ。きっと、時間が経って忘れてくるんだ。何がダメなのか。なにができないか、忘れてるだけだと思ってた」



 まあ、言っている事は分かる。そうかもしれない。俺が仮に高校時代にタイムスリップしたからといって、2度目の方がいい未来になるとは思えない。


 さやかさんがいて、東ヶ崎さんがいて、会社のみんな、「朝市」のみんな……そんな彼ら、彼女らともう一度会えるなんて、そんなの分からない。



「狭間さんのお陰で、クラスのみんなと仲良くやっていけそうだよ」


「そうか。よかったな」


「あの約束覚えてる?」


「約束?」


「もし、クラスのみんなと うまくいかなかったら……ってやつ」



 そんな約束したっけな? エルフを安心させるために何か言ったかも?



「ボク、学校に……」


「ああ……」


「戻らないよ」


「戻らないんかーい!」



 盛大にツッコんでしまった。



「だって、考えてみてよ! 憧れのお姉様と一緒に住んでるんだよ! さやか様もいるし、修二郎様も、清花様もちょくちょく帰って来られるし!」



 そ、そうだった……エルフは、東ヶ崎さん大好きだった!



福岡ここでは、ボクはアイドルデビューしたばかりだよ? メイド喫茶もあるし……狭間さんもいるし」



 俺、随分あとの方だったな……



 エルフがそろそろと近づいてきて、俺の腹の辺りに手を回してゆっくりと抱き着いた。



「お兄ちゃん……ありがとう」


「お兄ちゃん!?」



 こいつは最初のうち、ずっと俺のことは「おじさん」って言ってたのに!



「だって、狭間さん、さやか様と結婚するんでしょ?」


「まぁ、そうだけど……」


「忘れたの? ボクとさやか様は姉妹だよ?」


「確かに!」


「ほらね。お兄ちゃん……面倒見てくれるって約束でしょ?」


「俺、そんな約束したの!?」


「した! 絶対した! 福岡で学校に行けるようにしてくれるって言った!」



 なんか言ったかもしれない。とにかく、エルフを安心させるために、俺なら言いかねない!



「よろしく、お兄ちゃん」



 エルフが俺の腹に抱きついて、幸せそうに笑ってやがる。


 それは、出会った時の警戒心100%の顔とは全然違って……



「福岡で高校に通える。嬉しいなぁ」


「……」


「憧れのお姉様と一緒に住める♪ 嬉しいなぁ」


「あぁ……」


「さやか様も一緒で嬉しいなぁ♪」


「うぅ……」


「お兄ちゃんが、話を通してくれるって言うんだから、ボク感激だなぁ」


「ああー! もう! 分かったよ! 交渉してみるよ!」


「やったーーーーー!」



 エルフが両腕を上げてぴょんぴょん跳ねて喜んでいた。長い金髪を振り乱して喜んでいる。これを断れるヤツがいるだろうか……



 ***



 さやかさんに なんて言われるか……そんなことを考えながらエレベーターで2階のリビングに降りた。


 エルフは、ちょっと鼻歌交じりに俺の腕に纏わりついている。もう、会って最初の時とは全然違う。


 さやかさんは、いつものリビングのテーブルにいた。俺の腕に纏わりついているエルフを見た瞬間、俺の言葉よりも先に さやかさんが指を指して叫んだ。



「あーーーーーっ! 狭間さん、今からエルフちゃんと一緒に暮らすって言うんでしょう!? 高校に通わせて、卒業まで見守るつもりでしょう! 何なら卒業後は一緒にお仕事をするつもりでしょう!」



 ああ、さやかさんがこれからの未来を全て言い当てたような感じに……



「お兄ちゃん……」



 エルフが少し怯えたように俺の後ろに隠れた。



「お兄ちゃん!? だから、JKは危ないって言ったじゃないですか!」



 ああ、そう言われれば、エルフの存在を知る前からそんなことを言っていたような……それも、さやかさんのカンのような物だったのかもしれない。



「さやかさんは、エルフが一緒に住むのには反対ですか?」


「……賛成ですけど? 大賛成です! 一緒にいて楽しくて、こんなに可愛い妹ですよ? 反対な訳ありません!」



 さやかさんがエルフに抱きついた。さやかさんなりの冗談だったのだろうか。それとも牽制だったのだろうか。



「わわっ! さやか様!」



 急に抱きつかれてエルフが困惑してる。


 心配した東ヶ崎さんも近くに来ていた。俺は、東ヶ崎さんの腕を引いてエルフに抱きついた さやかさんに抱きつかせた。


 姉妹三人が抱き合うような形に。



「あわわわわ、さやかお嬢様、お姉様!」


「お嬢様、エルフちゃん!」


「東ヶ崎さん、エルフちゃん!」



 微笑ましい光景だ。ちょっとでも邪な考えを持った俺はダメの人間だな。



「狭間さん……」



 さやかさんが手を伸ばし、俺も招く。恐る恐る近寄ると、その輪に取り込まれてしまった。



「ふふふふふ」

「あはははは」

「えへへへへ」

「ははははは」



 何だこれ。4人で抱き合い、その後手を繋いでグルグル回り始めた。なんか段々楽しくなってきたけど……



「おや? 何だこれ? 久々に帰って来てみたら、娘たちがみーんな狭間くんと手を繋いでる! そして回ってる!?」


「あらあら、さすが狭間さん」



 しまった、今日に限って修二郎さんも清花さんも帰ってきた! しかも、このタイミングで!



 修二郎さんも清花さんも取り込んで、この輪はさらに大きくなった。そして、グルグルグルグル……


 みんな笑っていた。多分、間違いなく家族だ。中には血が繋がっていない者もいる。でも、そんなことは関係ない。間違いないく、ここに家族がいた。



「狭間くん、そろそろ目が回ってきたんだけど!」


「そもそも、なんで回ってるんですか!」


「さあ、なんででしょうね!?」



 まさか、大団円とかそんなしょうもない事を指していたりは……しないだろうな。


 この日は、みんなどこか変なテンションで夕飯は少し遅れた。

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