第175話:エルフデビューとは

「狭間さん……もう疲れた……」



 エルフが控室でぐったりしている。ここまでになる予定じゃなかったけど、予想以上にお客が多く大変だったみたいだ。



「お前、限度ってあるだろ。午前だけでそんなクタクタになるまで働いて、この後の午後からのステージ大丈夫なのか?」


「あうー! そうだった……」



 エルフは午前中メイド喫茶のオープンイベントに出たら、ちょっとだけ接客して、午後にアイドルデビューの予定だった。


 こっちは、ローカルアイドルとしてのデビューで株式会社スタープロモーションのアイドルとしてのデビューだ。


 活動の場としては、福岡とWEBとのこと。


 ローカル番組に出演が予定されているけれど、まずはリアルでのデビューとイベントにより知名度を上げるために「朝市」でデビューイベントをすることになったのだ。



「あうー、ボクもうライフがゼロだぁー」



 ぐったりテーブルに突っ伏している。



「ちょうどよかったかもな。今日は、エルフに客が来てるぞ?」


「客ー? 社長の鴻上さんだったら、頑張るから少し休ませてって伝えてぇ」



 顔も上げずにエルフは机に突っ伏したままだ。よほど疲れたらしい。



(ガチャ)「いいぞ、入って」



 俺の案内で客が部屋に入る。



「失礼します」


「……え!?」



 その声にエルフが驚いて顔を上げた。



「失礼します」

「失礼しまーす」

「おじゃまー」

「じゃまするねー」

「お邪魔します」



 次々入ってきて、あれよあれよという間に狭い控室が人でいっぱいになった。



「あ……あ……」



 エルフの表情が固まった。やはりダメか!? いや、今の彼女ならできるはず!



九重こののえさん!」



 エルフの目の前に立つのは、天王寺香織さん。その隣には、瀬本彩さん。さらに、ぞろぞろと部屋に入りきれない人も含めて総勢約30名。エルフの地元から連れて来たクラスメイト達だ。



「あう……」


「九重さん! ごめんなさい! 私達、悪い事をしてしまったと思ってるの!」



 天王寺さんが頭を下げて謝る。瀬本さんも、他のクラスメイトも続いた。



「え……あの……」



 面を喰らったみたいで言葉が出ないエルフ。近くにいる俺に助けを求めて視線を向けてきた。



「みんなお前に謝りたいってさ。ホントは仲よくしたかったんだって」


「でも……ボク……」


「誰でも間違いはあるだろ? 

間違えてもやりなおしたらいいだけ、だろ?」



 俺の言葉にエルフがあきれ顔だ。



「でも、どうやってみんなを……!?」


「なーに、話を聞きに行っただけだよ」


「でも、ここまでどうやって……」


「俺がポケットマネーで全員分の飛行機代を出したんだよ」


「はぁーーーーー!? ばかじゃないの!? ……一体いくらしたんだよ!?」



 エルフが立ち上がった。



「ずっと心残りだったろ? 地元のみんなの事」


「そりゃ、そうだけど、だからって みんなを連れてくるとか、無茶な……」


「だーって、お前が行かないし、話しもしてくれないんだから しょうがないだろ?」



 エルフがみんなの方を見た。



「九重さん! すごく可愛い!」


「メイドなんだね! 可愛い!」



 みんなから褒められて照れくさそうにするエルフ。



「ごめんなさい! 本当は九重さんともっと仲良くなりたかったの!」


「ボタンを掛け違えてしまったというか、付き合い方を間違えてしまって……よければ、改めて友達に! いや、元々友達から、もっと仲良く……」


「九重さん可愛いから照れてしまって……嫌ってた訳じゃないの! そんなに嫌がられてるなんて夢にも思わなくて……」



 クラスメイト達が女の子達を中心に口々に謝っていた。男の子達はエルフの格好に照れくさいのか女の子達の後ろで大人しくしている様だった。


 多分、あのまま学校に通い続けてもダメだったはずだ。


 家出をしたエルフはそれまでより強くなった。色々な人と会って、色々見て、感じて人間的に成長したのだと思う。


 それでも、地元には戻らなかっただろう。人は嫌な思いをしたところにわざわざ行きたくない。


 エルフは帰らないし、クラスメイト達も来福は難しい。解決は永遠にしなかったと思う。もしかしたら、10年後にあるかもしれない同窓会の時とかに何とかなる可能性も?


 いや、それじゃ遅い。遅すぎる。じゃあ、大人のズルさで今、解決したらいい!


 今のエルフなら、彼ら、彼女らを許すことができるだろうし、反省しているクラスメイト達もエルフの方向を向いている。仲良くなりたいと口に出している。


 多少の違和感やぎこちなさは時間をかければ徐々に滑らかになっていくもんだ。



「天王寺さん、瀬本さん……みんな……」



 エルフはクラスメイトに囲まれて わちゃわちゃになっている。出番までまだまだ時間がある。旧友との時間を過ごしてもいいじゃないか。


 その後のステージではエルフは、たくさんのクラスメイトに見守られながら、最高のステージを演じた。


 その姿は、引きずっていた重石おもしを全て下ろして、羽根でも生えたかのように、広いステージを所狭しと駆け回り会場とWEBを通しての画面の前のお客さん達を大きく沸かせていた。

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