第172話:決戦!とは

 松田さんにお願いして長谷川氏を呼びだした。場所は福岡。


「決断したので、長谷川さんに会いたい」と長谷川氏に言うよう松田さんに頼むと一発だった。


 待ち合わせ場所は、ホテル1階の喫茶店。ブラウンを基調としたラグジュアリーな空間で、テーブルは低くて椅子は全てソファだ。ちょっといいお店と言っていいだろう。


 コーヒー1杯1300円のお店なので、客の入りはそれほどでもないみたいだけど、この場合は都合が良いのでこの店の選択だった。


 松田さんには「一人で行きます」と伝えてもらっていたからか、長谷川氏はほいほいやってきた。


 1つのテーブルには1人用のソファが4つ。


 松田さんが座った真正面の席に長谷川氏は座った。


 俺は前回変装をした状態で会っているので、物陰に隠れている。さやかさんも同様だ。松田さん達の席の近くには念のため東ヶ崎さんが変装して座っている。


 松田さんは、盗聴器を持っているので二人の会話は俺たちに聞こえるようになっていた。



『いやいやいやいや、ついに決めてくれたかー! 嬉しいよ!』


『色々悩んだんですけど……決めました』


『じゃあ、具体的な話から始めようか。どんなふうにしたい? まずは月給制で初めてみる?』



 テーブルの上で長谷川氏が松田さんの手を握っている。


 松田さんの笑顔は変わらない。撮影会でおじさんカメラマンのあからさまなエロい質問やポージング依頼にも笑顔で答えているスキルが活きているのかもしれない。



『よかったら部屋で細かな話をする? いいワインがあるんだ』



 長谷川氏が遠くから見ても分かるくらいいやらしい顔をした時だった。



『その話、私にも聞かせていただけますか?』



 東ヶ崎さんが、音もなく、気配を消した状態で長谷川氏の背後に立ち、肩をおさえるようにして立った。


 彼女に肩を押さえられたら、長谷川氏程度では立ち上がれない。ホテルの高級店で乱闘は無粋だ。肩を押さえているのが女性の東ヶ崎さんなので、それほど違和感がある訳ではない。


 短い会話程度ならば、このまま続けられる。



『お、お前は誰だ⁉』


『さあ、誰でしょう?』



 東ヶ崎さんがそう答えるころには、俺とさやかさんがテーブルの空いた席に座っていた。



「暴れても無駄ですよ。警察が外に控えていますので」


「警察⁉ 俺は普通にビジネスをしてるだけだ! 警察に捕まるようなことは何もしてない!」



 俺の言葉に過敏に反応したみたいだけど、よくこれだけ嘘が自然と出るものだ。横領の罪で逃げている最中だというのに。



「これを見てもそう言えますか?」



 俺と さやかさんがマスクやメガネの変装を解く。



「お、お前達は!」



 さすがに驚いたらしい。面白いくらいびっくりした顔をしている。



「に、にっ、逃げたんじゃないんだ! 金を! 金を返すために工面している所だったんだ!」



 この状態でもまだ嘘をつくとは……やっぱり、こいつはダメだ。今回のことが何とかなったら、また他で新しく詐欺を始めてしまう。



「長谷川さんが約2000万円を作れないとは思いませんけど、払ってもらえるとは思えませんね」



 さやかさんがクールモードで言った。それは、あの「森羅」でクーデターを起こした時のような口調だった。



「大丈夫だ! 金はできたから! もう、払わないといけないと思っていたところなんだ!」



 目の前に勧誘中の松田さんがいることなどもうどうでもいいのかもしれない。なりふり構ず取り繕っている。


 立ち上がろうとしても、東ヶ崎さんの腕が彼の肩を押さえているので立ち上がれない。これは力によるものだけじゃないようだ。たしか、東ヶ崎さんは合気道か何かの段持ちだったはず。


 長谷川氏の動きに対応して立ち上がれないようにしているようだ。



「……それで勝ったつもりか?」



 動けない、逃げられない、と理解したみたいで、長谷川氏は開きお直った。



「横領で逮捕されても、高々2000万円だ。取り調べされても数日で出てこれる。いいとこ20日間だろう」


「その後、また行方をくらませる用意がある、と」



 長谷川氏も さやかさんもどちらも悪い笑顔だ。


 逮捕されてもすぐに出て来てしまう。これはずっと思っていたことだ。殺人でもしていたら何年か刑務所に入ることになるだろうけど、横領は罪が軽い。


 よほどしっかりした証拠がないと「書類送検」程度。



「『書類送検』って知ってるか? 警察が検察に事件のあらましを伝えるだけだ。全然罪じゃない。検察が証拠不十分と判断したら不起訴になる。つまり、無罪だ」



 長谷川氏はわざわざ説明してくれるあたり、俺たちの心を折る作戦に来たらしい。



「横領なんて日本中で横行している。そいつらを1人1人捕まえてたら、警察がどれだけいても数が足りない。俺には有能な弁護士も付いてる。反社も付いてる。すぐに出てこれるさ」



 マルチの裏には、政治家や反社会勢力が付いていることが少なくない。いずれも金のにおいには敏感に反応して吸い寄せられてくる人種だ。


 悔しいが、一般人の俺達では政治家や弁護士、反社が出て来たら手が出ない。これが、俺が積極的に起訴などをしなかった理由ともいえる。長谷川氏のことをよく知っているからこそ、こいつはそれをすり抜けると考えていたのだ。


 そこで、さやかさんが意外な一言を言った。


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