第167話:食いついた魚とは

 昨日のコントみたいな「朝市」での会議でメイド喫茶の話が進んだのは奇跡だった。


 今日は打って変わって、喫茶モホロビチッチに来ている。この名前、他になかったのか……


 エルフは、また事務所に連れて行かれてしまった。鴻上社長が力を入れているというのは、社交辞令的なもんじゃないらしい。


 まあ、耳が尖ってないとはいえ、現実世界でエルフを見たら気になるよなぁ。あの長い髪を隠さず だばーっと伸ばしてたら、まんまエルフだし。


 黙ってたら可愛いし、テレビウケもしそうだ。しゃべったらもっとウケたりして……


 さて、さやかさんが喫茶店に来て、俺と東ヶ崎さんは、少し離れて話だけを盗み聞きする事にした。


 昨日の女の子達とさやかさんで4人来たみたい。ちなみに、松田さんは用事ができた事にして辞退してもらった。



「今日は、ステキな話をしたいんですけど、私じゃうまく伝えられないから、先輩方に手伝ってもらうようにしました」



 昨日の女の子はそう言うと、さやかさんを含めた4人を別々の席に分けた。


 6人掛けくらいの大きめのファミレスのテーブルに、呼ばれた女の子が片側の席の奥側に座り、通路側を呼んだ側の女の子が座った。


 テーブルを挟んで向かいに「先輩」という男性が座るというフォーメーションで各テーブル席についたようだ。


 こうすることで、隣の知り合い(あんまり仲が良くなくてもいい)の事を頼るようになり、彼女がいるので、精神的に、物理的に簡単に席が離れられなくなる。


 この子を以後、サポーターと呼ぼう。


 いわば、心の監禁状態。


 向かいの先輩の言葉は、隣の知り合いが分かりやすく頷いたり、肯定するので正しい事を言っているように感じる。


 仮に変だと思っても、自分の方がおかしいのかと思ってしまうのだ。


 いわば、心の洗脳。



「自己紹介からしようか。私は、〇〇大学の、学生会で飯野っていいます」


「飯野先輩は、〇〇大学でも人気なんですよ!」


「そ、そうなんですか」



 タレントのたまごちゃんはちょっと引き気味。まあ、こんなスタートだろう。この子は、カモとでも呼ぶか。



「僕は単なる大学生だけど、キミたちみたいに近い将来テレビやラジオで活躍する人達には、そのブランドを使ってもらうだけで価値があると思ってるんだ」


「わあ! ありがとうございます!」



 サポーターちゃんが大げさに喜んでみせた。タレント志望のくせに割と芝居が大根だな。



「僕らが勧めるブランドの商品の日用品を買うだけでいいんだ。それが仕事。簡単でしょ?」



 お金を払うだけの仕事がどこにあるというのか。アルバイトの話のはずが、品物を買う話になっている。


 冷静に考えたら何でもないことだけど、こうして「軟禁状態」にされると冷静でいられなくなる。


 そして、そのうち「何とか早く開放されたい」と考えるようになるのだ。



「……と、言う訳だから、ホントに生活はなんにもかわらないんだよ。ただ、日々の日用品のブランドチェンジだけ!」


「わあ! 簡単ですね! だから私もできます!」



「先輩」と「サポーターちゃん」の誘導。こんな大根芝居でも、相手が大学生なら十分効果があるらしい。



「私も、音羽ちゃんも優子ちゃんもみんなやってるんだよ。すごくいい事だから、本当に仲良くなった人にしか教えてないの」



 誰だよ音羽ちゃん、誰だよ裕子ちゃん。サポーターちゃんのこのセリフも何度も練習したのかもしれない。大根芝居のくせに、ピンポイントにキラーフレーズを入れてくる。



「キミだったらすぐにファンがつくと思うから、10人ダウンを獲得した場合の報酬はこれくらいで、50人だとこれくらい。100人いけば、直接報酬だけで月収50万円になるよね! グループ報酬と合わせたら……」



 カモちゃんは完全に押され気味。自分の意見など言う感じじゃない。



「どうかな? 僕達と一緒にHNLを盛りあげていかない? 今なら、初期メンバーになれるよ」


「私と一緒に頑張ろう?」



 いよいよ「先輩」と「サポーターちゃん」が畳みかけてきたみたいだ。


 まあ、やっぱりマルチだと分かったし、例のHNLの学生会だとも分かった。


 さてと、さやかさんの方はどうなっているかな?




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