第166話:「朝市」にいこう!とは


「さやかさん、女優デビューですか?」


「茶化さないでください。もしかして、と思って話を振ってみただけですから」



 さっきの、喫茶モホロビチッチでは、タレントやタレントのたまごが多くたむろっているという。


 今日契約だという松田さんもいたので、そこに集まっていた数人の女の子に さやかさんが話を振ってみていた。


 普通に話を聞いても全く出てこなかったのは経験済みなので、少し潜入捜査のような事をしていた。


 登録しているタレントやタレントのたまごが、さやかさんのことを後で事務所の社長どころか、その上のオーナーだと知ったらどう思うのだろう……



「とりあえず、明日の昼にあの喫茶店にもう一度行けば、お話が聞けるかもしれないですね」


「そうですね。あれで当たりだとしたら相当お粗末という感じですけど……」


「でも、相手がマルチ商法だったら会員を増やしたい訳ですし、社会人経験の少ない大学生だったら友達から何かを勧められたらきっと買うと思いますよ?」


「なんか、そんな気がします」



 車は静かに「朝市」に向かっていた。問題は一つ一つ解決していきたいのだけれど、現実的にそんなことは不可能だ。


 目の前で問題は次々に起きて、一つ解決する前に次のことは起きていくものだ。



「お嬢様、狭間さん、『朝市』に着きました」


「東ヶ崎さん、ありがとうございます」



 さやかさんがお礼を言った。



***



 俺達は「朝市」に来ていた。メイド喫茶についての打ち合わせだ。幸い、先日東京に行ったので、メイド喫茶について俺も さやかさんも勉強してきていた。


 そして、控室での打ち合わせ。


「朝市」から領家くん、光ちゃん、そして、さやかさんと俺。4人の打ち合わせ。




「ボ、僕は、かき揚げとかおいしいと思います!」



 メイド喫茶でかき揚げ!? 領家くんの意見だった。



「あ、まちっ、間違えた、カリー揚げ!」



 なんだよ。カリー揚げって。

 ああ、そうだった。彼はすごく優秀だけど、さやかさんの前に出るとポンコツになるんだった。



「ありがとう、領家くん。座ってください」



 俺が無理しなくていいように座らせてあげた。



「ふー、狭間専務ありがとうございます」


「キシシー、りょーけてんちょー、しゃちょーの前だとからっきしっスねー」



 光ちゃんもその事実に気付いているらしい。


 注目されるとダメらしい。領家くんが俺を挟んで さやかさんの反対側に座っている。俺に隠れるのをやめていただきたい。



「狭間さん、東京ではメイド喫茶でかき揚げなんて置いてましたっけ?」(こそっ)



 さやかさんだけが、その事実に気付いていないのか、素で聞いてきた。ある意味似たもの兄妹と言ってもいいのではないだろうか。



「『朝市』のメイド喫茶のコンセプトは、『本格的な料理と飲み物』にしたいと思います」



 さやかさんが、言った。東京での視察で感じたことは、昔と違って店内の内装も料理もちゃちなものではなく、一定以上のしっかりしたものだった。



「料理と飲み物がしっかりしたものなら、料理人を雇った方がいいかもしれませんね」


「そんな都合のいい人がいますかね?」



 俺と さやかさんは話しているうちに新しい問題がある事に気づいた。料理人がいないとこの話は実現しないのだ。



「それなら、『屋台』に申し込んできている人のうち、飲み物とか喫茶店の軽食に近い人に声をかけるというのはどうでしょうか?」



 領家くんの意見だった。さやかさんが別の方向を向いていると、彼はとても優秀だ。



「思い当たるような方がいらっしゃいますか?」



 さやかさんが領家くんの方を向いて聞いた。



「世界中探してでも、草の根を分けて見せます!」



 ああ……なぜ、こうなる。だんだんひどくなるな。今度から重要な会議の時は、さやかさんを連れてこない様にしよう……



「領家くんは、適合者をリストアップしてください。複数いる場合は、希望者を募ってサンプルを作ってもらいましょう。日程が決まったら知らせてください。俺らも試食に立ち会います」


「了解しました!」



 ビシッと領家くんが答えた。もうこれはコントだ。


 その後、さやかさんからメイド喫茶だけど、アイドルのライブのような要素も盛り込みたいと提案された。


 東京のメイド喫茶では定期的に「ライブ」と呼ばれるイベントが開催されていた。そうは言っても、メイドがカラオケを歌うだけだ。


 これに対して、さやかさんのアイデアはアイドルの衣装に着替えてライブをするというものだった。そして、ステージは店内の物はもちろん、イートインコーナーの大ステージでも行うというもの。


 こうすることで新規客も呼び込める。メイド喫茶と言えば「朝市」では異質な店だ。すぐに客が安定して入るとは思えない。


 店内でどんなことが行われていて、どんな人がいて、どんな楽しいことがあるのか分かれば利用する人はいるはず。


 そして、アイドルのたまご達の「修業の場」になるという側面もあった。


 ある程度定期的にキッチンスタジオにテレビ関係の人が来る。そして、その時にこのライブを見たら新しくテレビやイベントへの起用のチャンスとつながることも期待しているってこと。


 しかも、メイド喫茶は、通常の喫茶店よりもある程度高単価が期待できる。シフトも柔軟に対応できれば、アイドルのたまご達のバイト先としての機能も持つという訳だ。


 常駐しているという点で暫定責任者は領家くんになるのだと思うけど、ちょくちょくさやかさんが見に来そうだし、不安ばかりだな。


 きっと、さやかさんが見に来なかったら円滑に成功するような気がする……




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