第165話:喫茶モホロビチッチとは
「あれ? 狭間さん! 高鳥さん!」
「あれ? 松田さん!」
「こんにちは!」
鴻上社長に紹介された事務所の所属タレントやアイドルのたまごたちが集うという喫茶モホロビチッチに来た。
そこでは、松田さんが数人の女の子と話しているようだった。
店内はイタリアンレストランの様にオシャレな空間。「喫茶」というから純喫茶的なものを想像してしまったけれど、中身は「カフェ」という印象。
小さなテーブルが20卓くらいあって、椅子は全てソファや、ふかふかの椅子。ゆっくりしていっていいというお店の意図が椅子を見ただけで分かるのだった。
「来てたんですね。今日契約でしたからね」
「はい、私もここを紹介されてのぞきに来たんです」
少し照れたような笑顔で松田さんが答えた。
松田さんは、丸テーブルの席で何人かの女の子と既に仲良くなっているようだった。
「あ、こちらは……」
「タレント志望の高鳥です。よかったら先輩方、お話うかがえないですか?」
松田さんが俺達を紹介してくれようとしたが、さやかさんが被せるように言った。松田さんは「あれ?」という顔をしたのだけど、特にそれ以上言及しなかった。
「どうぞどうぞ! こっちにどうぞ!」
「高鳥さん、大学生ですか? かわいー!」
なんかこの集団に一気に溶け込んだ さやかさん。
「そちらは?」
俺の方に視線が集まる。こんなにいっぱいから見られたらたじろぐな。
「私を助けてくれている方です」
「ああ、マネージャー的な!」
俺はマネージャーになったようだ。しばらく きゃいきゃいと「女の子の会話」が続いた。俺はその場にいるけども声を発せず空気のような存在としてそこに居座った。
一通り、スタープロダクションのことを「先輩方」が教えてくれていた。マネージャーの対応や、会社の姿勢など、登録タレントサイドの情報が聞けた。
さすが、さやかパパがオーナーだっただけあって評判も上々みたいだ。
「みなさんは、アルバイトとかどうされてるんですか? 私、一人暮らしなんで生活費がかかるし、急な呼び出しとかもあるみたいだからアルバイトも続けられるか心配で……」
いいタイミングで さやかさんが相談形式で話を切り出した。タイミング、言葉の選び方、すごくセンスがある。
登録初日に松田さんに集まっているくらいだから、彼女達は面倒見がいいか、松田さんをカモにして何かを企てているかのどちらかなのだから。
「私はカラオケ店かな。時間がある時は歌っていいって言われてるし」
「私は定食屋さん。ずっと働いてるから融通を利かせてくれるし」
うんうん、と さやかさんが興味ありそうに話を聞く。
「あれ? みんな知らないの?」
一人の物知り顔の女の子が言った。みんな「何を?」って顔をして次の言葉を待っていた。
「私たちは時間があまりないじゃない? だから、生活そのものを仕事にする方法があるのよ!」
「生活を仕事に……?」
さやかさんが聞き返した。
「私達は見られるのが仕事じゃない? だから、生活にもそれ相応の物を使う必要があるのよ。そして、それを使い続けるだけでお金が入ってくるの」
「えー! そんなのあるんですか!? 興味あります! 先輩、教えてください!」
「そうねぇ、じゃあ、高鳥さん、明日か明後日時間ある?」
「はい、どっちも大丈夫です!」
「これは、ホントは秘密なんだけどなぁ、他にも聞きたい人いる?」
「じゃあ……私も」おずおずと松田さんが控えめに手を上げた。
「じゃあ、私も聞くだけなら」
次々、参加表明され全部で5人が集まることになったようだ。さやかさんは、雰囲気から「それ」ではないかと予想を立てたらしい。松田さんは援護射撃というところだろうか。
他の子達は、野次馬なのか、それともさくらなのか。俺はなにも言わず、ただ目の前の話が進んでいくのを空気のような存在感でそこにいた。
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