第159話:東京の夜とは


「わー! お部屋広いですね!」


「確か、74平米ですからね」



 そうなのだ。ビジネスホテルがいっぱいで、リゾートホテルを予約したのだ。よく考えたら、俺はビジネスホテルを1部屋予約していたのだから、さやかさんと別々の部屋でもよかったのでは……!?


 東ヶ崎さんに言われて、流れるようにキャンセルしてしまったから、もしかしたら彼女に誘導されていたのかもしれない。すごいな、全く気付かなかった。



 部屋はスイート。ちなみに、スイートルームというのは「豪華」みたいな意味でなく「続き部屋」ということ。要するに2部屋以上ある部屋の事だ。


 簡単に言うと、リビングの部屋と寝室が別になっている。


 それとなく寝室を見ると、キングサイズくらいの大きなベッドが2つ置いてあった。2つかぁ。2つあったら微妙だなぁ……



 とりあえず、荷物は適当な場所に置いた。部屋は豪華だし、すごく広いし、いいところなのだけど、落ち着かない。



「狭間さん、食事はレストランに行くみたいです。そろそろ行きましょうか」


「そうですね」



 俺と さやかさんはレストランに行き食事を取った。メニューは肉、魚、野菜と食材が色々使われていて、いかにも高級な料理が並んでいた。


 美味しかったけど、全然心に響かない。ついつい、食べている さやかさんの唇を見てしまったり、それに気づかれて「何かついてますか?」と無邪気に聞かれたり、いま俺はすごく挙動不審だっただろう。



 ***



「狭間さん、お風呂……」


「あ、さやかさん、先にどうぞ」


「いえいえ、狭間さんが先にどうぞ」



 部屋に戻ると、さやかさんがすぐに風呂に入ろうと提案してきた。



「じゃあ、一緒に入りますか?」


「ええ!?」


「じょーだんですっ。じゃあ、失礼して、お先に入らせていただきますね」



 割と早口でそういうと、さやかさんは脱衣所に行ってしまった。


 何となく、考えないではなかったし、そうなるのがむしろ自然なのだろう。でも、さやかさんのことは、俺の中で何か特別な高貴な何かとしてカテゴライズされてしまっていた。


 俺は部屋の中で、どこで何をしたらいいのか困っていた。とりあえず、ソファに座って、テレビを点けているけれど、まるで内容が入ってこない。


 いつかもこんなことあったな。


 30分経過しただろうか、それとも60分経過しただろうか、さやかさんが脱衣所から出てきた。



「お待たせしました」


「……」



 さやかさんの様子はいたって普通。意識しているのは俺だけということか!?



 俺も風呂に入った。念のため、いつも以上に身体きれいに洗った。湯船にはお湯を貯めていたのだけど、お湯はきれいなままだった。もしかしたら、入れ直してくれたのかもしれない。


 浴室は換気扇が回っているのに、少しさやかさんの甘いニオイがするのは気のせいだろうか。


 ああ、俺はいい年して何をやっているんだ。そもそも、さやかさんと俺は婚約だってしているし、今日には指輪もできて、お互い指輪をしているほどだ。


 よし、ここはひとつ気合を入れて行こう!



 そう考えて、風呂場を出た。


 脱衣所を出て、部屋を見ると さやかさんがソファの上に足を上げて体育座りのような姿勢でテレビを見ているようだった。



「あ、狭間さん、おかえりなさい。ちょうど今、映画が始まったところです」


「そうですか」



 俺もさやかさんと同じソファに座ってテレビを見ることにした。



「あ、お水飲みませんか? これどうぞ」



 ペットボトルの水を俺の前に置いてくれた。



「あ、ありがとうございます」



 俺はペットボトルのふたを開けて水を飲む。何だか落ち着かないまま、2時間の映画を見てしまった。



 ***



 映画が終わった頃、ソファの横でテレビを見ていた さやかさんが俺の肩に頭をもたげた。


 一瞬、眠ったのかなと思って、さやかさんの方を向いた。



「狭間さん、私は自分で思っていた以上にやきもち妬きみたいです。どうしましょう……」


「どうして、さやかさん程の人がそれほど不安になるんですか?」



 彼女の肩に手を回し、そっと抱き寄せた。思った以上に華奢な感じですごく細い。



「狭間さんは誰にでも好かれます。狭間さんのことを好きな人がどんどん増えて行ってます」


「その前は、嫌われて会社をクビになりましたけどね」



 思わず苦笑いが出てしまった。



「そして、女の子もすごく多いです」


「その点は、俺がそうしている訳じゃないので、なんとも……」



 さやかさんの口調はちょっと不満そうだ。



「私の心は底が抜けた器みたいに水をどれだけ注いでもいっぱいになることがないみたいです。これだと重い女として、いつか狭間さんに愛想を尽かされてしまいそうで……」


「それだけ興味を持ってもらっているということで、俺としては大変光栄なんですけど……特別なことがある訳じゃない俺なので、俺の方がいつか愛想を尽かされそうですけど……」


「全然違う二人なのに、同じことを考えているんですね」


「そうですね」



 そう言いながら、座ったままさやかさんの方に向き合い、今度は身体ごと抱きしめた。


 さやかさんも恐る恐るという感じで俺の背中に手を回した。なんか久々に抱き合った形。人って抱きしめるとこんなにやわらかいんだな。そして、あたたかい。



「あたたかいですね」


「そうですね」



 さやかさんも同じように感じてくれていたようだ。



「今夜は一緒に寝ましょうか」


「……はい」


「さやかさんの心の器がバケツくらいあっても愛情でいっぱいにしてみせますから」


「よろしくお願いします」



 部屋の電気を消し、二人の影は手を繋いだまま寝室に吸い込まれて行った。

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