第158話:東京視察とは


「メイド喫茶って、いるだけでお金がかかるんですね」


「みたいですね」



 キャバクラみたいなシステムだな。


 俺とさやかさんは、予定よりも早く東京入りしてメイド喫茶の聖地ともいえる秋葉原に来てみた。


 歩いてみると、以前よりも道にメイドはいない印象。しかし、一本道を入ったところにメイドが待機している。


 呼び込みみたいだった。


 一応ルールがあるみたいで、客に触れてはいけないとか、呼び込みをしていい場所が決まっているみたいでそのラインからは出てこない。


 きちんとルールが守られているようだった。いつから秋葉原はこんな「ちゃんとした街」になったのか。


 昔、俺が遊びに来た頃はもっと怪しい店がたくさんあった。絵画展の前には常にお姉さんが立っていて、カモがのこのこ歩いてくるのを口を開けて待っている様な待ちだった。


 お姉さんは、女性に免疫がなさそうな若い男性を見つけると、言葉巧みに絵を売りつけるのだ。


「家にこれだけの絵がある生活を想像してみてください!」とか何とかいうのだ。ついでに、この絵があれば人生がうまくいくとか、彼女ができるとか、通販で売っている怪しい幸運のペンダントみたいな話だった。



 ところが、現在の秋葉原はちゃんとしていた。街を1周して1時間後に戻ってきたらなくなっているようなお店もなかった。


 秋葉原と言えばそれくらいアナーキーな街だったはずだ。


 それが現在ではちゃんとしている。



「入店料は1000円くらいみたいですね。1時間ごとに必要みたいですけど」


「私が行くお店だと猫カフェと同じようなシステムですね」



 それは逆だろう。メイド喫茶のシステムが猫カフェに引き継がれたのだと思う。そして、メイド喫茶の流れの元は、キャバクラとかだな。



 メイドはちょこちょこ席に来るのだけど、席についたりはしない。仮にもメイドだからそれが正解かもしれないけど。


 飲食店の申請は当然必要だ。以下のような物は準備が必要だろう。


 ・2槽シンク

 ・手洗器

 ・扉つきの食器棚

 ・給湯器

 ・排水溝


「朝市」ならばどの店も標準で準備されているものだ。「朝市」にメイド喫茶を作るにあたって障害にはならなさそうだ。


 入口を見ると「風営法」の申請も出しているようだった。確かに、「接客」だしなぁ。そう考えると、キャバクラとの違いは「お酒を出しているか」くらいになってしまうのだろうか。


 これは話の進め方を一歩間違えると働いている人に嫌われそうだな。



「あ、ショーが始まるみたいですよ?」


「あ、ホントだ」



 店内の小さなステージでメイド達がカラオケを歌っている。メイドと言いながら、中身は普通の女の子達ばかり。「東京」「秋葉原」「メイド」と考えるとすごい子達が集まっていると思っていたけど、いい意味で思い違いだった。



「狭間さん、メイドさん達に心を奪われてませんか?」


「それを心配するなら、何故ここに来たんですか?」



 さやかさんも時々面白い。


 うーん、それにしても普段、さやかさんや東ヶ崎さんの様に整った顔を見慣れていると目が肥えてしまうのか、「メイドさん達を見て楽しむ」のは期待できないようだった。


「朝市」なら光ちゃんの方が可愛いだろう。ガラは彼女の方が悪いけど。



「なんか、福岡でもやっていけるような気がしてきました」


「何か思いついたんですか?」


「はい、まだ粗削りですけど、『朝市』なりのメイド喫茶ができそうです」


「そうなると、益々エルフちゃんの問題を解決しないといけませんね。彼女、今はどこか宙ぶらりんになってますし」


「そうですね」



 土曜日の朝から、連絡をくれた「天王寺香織」さんと会うことになっている。彼女もまだ高校1年生。


 アラサーの俺と1対1で会うとかなったら場合によっては事案になってしまうかもしれない。さやかさんが付いてきてくれてよかった。


 それから、俺たちは秋葉原のメイド喫茶をはしごするという楽しいのか、楽しくないのかよく分からないことをした。


 何故、メイド喫茶の中ではつい笑顔になってしまうのか。


 誰が見ている訳ではないのに、自分の中の羞恥心がそうさせるのかもしれない。



 ***



「そろそろいい時間になってきましたので、ホテルにチェックインしましょうか」


「そうですね」



 さやかさんの言う通り、気付けば18時になっていた。リゾートホテルでは夕食も付いていたので、あまり遅くなったら色々面倒そうだ。


 と、ここで一つ問題がある事に気付く。


 さやかさんとは部屋が1つなのだ。


 スイートとはいえ、同じ部屋。


 確かに、福岡の家では一緒の家に住んでいる。でも、あそこは5階がそれぞれ個室になっていて、その部屋ごとにワンルームマンションの様にドアも付いているし、完全にプライベート空間になっていた。


 2階のリビングは共用なので、俺としてはシェアハウスのようなイメージでいた。同じ部屋で寝るのとは根本的に違うのだ。


 別に失念していた訳じゃない。


 どこか、考えないようにしていたのかもしれない。さやかさんだって気づかないはずがないのだ。


 俺達は、電車に乗って予約したホテルに向かうのだった。その前に、路線図見ないと何線に乗ったらいいのか全然分からないぞ。


 東京は電車文化だ。確か都内だけで駅が700以上あったはず。対して、福岡はバス文化。駅の数は360とか東京の半分しかない。


 あれ?人口は東京の方が圧倒的に多いはず。確か、東京都が1400万人くらいで、福岡県が500万人くらい。人口はざっくり1/3なのに、駅が1/2なら意外と福岡も駅が多いのか⁉ 電車でどこにでも行けてしまいそうな東京を見ていると、とても福岡がこの半分も駅があるとは思えないのだった。

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