第157話:さやかさんと出張とは

「こちらがサイズお直しが終わった指輪でございます」



 福岡のおしゃれな街、大名だいみょうの重厚な感じのお店で、俺たちは指輪を受け取っている。


 宝石店と言ったら、ガラスケースが並んでいるイメージだけど、ここはもう少しグレードが高い。


 人の方が宝石を見て回るのではなく、応接室に通されて、ソファに座ってのんびりしていると、店員さんが宝石を持って来てくれる感じだ。


 いま、ビロードの宝石入れ(?)に指輪が2つ並んでささっている。



「狭間さん」



 さやかさんが、こちらを見て左手を出してきた。これは指輪を嵌めて、ということだろう。


 俺は2つある指輪のうち、小さい輪っかの方を摘まみ上げると さやかさんの薬指にするすると滑らせて行った。



 第二関節のところで若干の抵抗はあったけれど、きつすぎず、緩すぎず、いい具合に指輪が嵌った。



「わー」



 さやかさんが左手の指を広げたまま、色んな角度から指輪を見ている。少し無邪気で、少し微笑んでいて、かなり可愛いな。



「狭間さんもっ」


「あ、はいはい」



 今度は俺の番らしい。えっと、左手はこっちか……なんかちょっと緊張するな。



「こんな……感じでしょうか……あれ? よっと」



 目の前でちょっと格闘している彼女は、また一段と可愛い。ああ、俺はこの可愛い生き物を射止めたんだなぁ。



「もう! 狭間さん頑張ってるんですから、満面の笑顔で見ないでください!」


「全然痛くないですから、ぐっと行ってください」


「大丈夫ですか? 痛かったら言ってくださいね」


「全然大丈夫です」


「よっ……と。あ、嵌った!」



 さやかさんの表情が笑顔に変わった。



「おめでとうございます!」



 接客の女性がお祝いの言葉を言ってくれた。こういう場合は、おめでとうでいいのだろうか。そして、こちらもありがとうって答えるべきなのだろうか。


 俺はこういう何て言っていいか分からない場面で使う言葉をマスターしている。



「あしゅしゅしゅしゅしゅ」



 ハッキリ言わずに、誤魔化し気味に言うのがコツだ。凄いところとしては、冠婚葬祭全てに使える事だろう。


 バカなことを考えたり、言ったりしてしまうのは、俺もテレているのだろうな。右に座っている さやかさんが、新しい指輪を嵌めた左手を俺の右手の上に載せた。



「これから、よろしくお願いします」


「こちらこそ」



 何か良い空気が流れている。


 俺達の目の前の問題と言えば、「長谷川氏を何とかする問題」と「エルフの何となくぐずぐずしてる問題」くらいだ。


 どっちもすぐに解決したいところだけど、どちらもまだピースが足りない。



「じゃあ、行きますか? 空港」



 俺は、指輪も手に入れたし、一旦羽田空港に行って、今日は東京でデートしてもいいと思っていた。



「まだちょっと早くないですか?」



 確かに、福岡の場合、博多駅から空港まで地下鉄で2駅5分だ。天神からでも11分。東京に例えると、東京駅から羽田空港に行くみたいなイメージだろうか。


 多分、電車で30~40分はかかると思う。福岡の場合、5分だから、いかにコンパクトシティなのかが分かることかもしれない。


 空港も小さいから、離陸の20分前に空港に着いて間に合ったこともあったし。



「早く行って東京観光しませんか?」



 さやかさんは楽しそうだ。



「いいですけど、どこに行くんですか?」


「もちろん! 秋葉原でメイドカフェの視察です!」



 この旅費は経費で落ちそうだなぁ……


 俺達は早めに宝石店を出て、東京に飛んだ。

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