第155話:俺達の知らない話とは


「よかったんですか? 出てきてしまって……」



 ホテルの長谷川氏の部屋を松田さんとともに出てきた。


 松田さんは、散々その後の「プライベート飲み会」にも誘われていた。


 俺は誘われなかったので、恐らく そこに参加してしまったら……



「いいんです。実は、近くに車を待たせています」


「え!?」



 そりゃ驚くよね。言ってなかったし。ちょっと警戒しちゃったかも?



「長谷川氏の正体が分かりますよ?」


「ホントですか!?」



 まだ信じられないと言ったところか。俺も、間違いないと思っているけど、確証は取っておきたいのだ。


 ホテル近くに特徴のない白いワゴンが停まっていた。ちなみに、レンタカーだ。


 俺はスライドドアを開けた。



「お疲れ様でーす」

「お疲れ様です」



 中には、さやかさんと東ヶ崎さんが乗って待機していた。



「カップルさん、こちらの席にどうぞ」



 助手席のさやかさんが後ろのシートを案内してくれた。



「あ、揶揄ってますね。それが聞こえているということは、成功ですか?」


「はい、バッチリです」



 さやかさんがキリリとした顔で答えた。さっき部屋で、松田さんが即席で俺たちがカップルであるかのように振舞って難を逃れた事を言っているのだろう。


ちょっと、やちもちの要素も入っているかもしれない。



「あの……どういう事ですか?」



 ワゴンに乗り込み、ドアを閉めたタイミングで松田さんが質問した。



「さっきの『反省会』の時に、長谷川氏のジャケットに小さい部品を付けてもらったじゃないですか」


「はい……。内ポケットに忍び込ませました」


「あれが、発信器と盗聴器になってるんです。この車の中では、あの部屋の音が聞こえていたってことです」


「え!? そうなんですか!?」



 その通り。別の部屋に連れて行かれると思っていた俺は、松田さんに盗聴機を取り付ける事を頼んでいた。


 俺が長谷川氏のジャケットに細工ができる程近寄る機会はないと考えていた。


 その点、向こうは松田さん狙いみたいだったから近づいて来るだろう、と。



「あ、ちょうどホテルのラウンジに行ったみたいですよ?」



 俺達もイヤホンを受取り、耳にセットした。



『長谷川さん、残念でしたね。今日の可愛い子』


『ああ、松田ね。あいつは使える。絶対捕まえたい』



 意外とクリアに聞こえるもんだ。普通だと距離があるとこんなにクリアには聞こえないと思うので、間に俺の知らない何かが施してあるのだろう。



『なんて言って呼びつけたんですか?』


『テレビ関係者とか企業の重役が来るパーティーがあるって言ってな』


『そんなの来ないでしょ⁉』


『いい手があるんだよ』


『長谷川さん、あいつのどこがそんなにいいんですか? 確かに、美人なのは分かりますけど』


『あいつは12万人の見込み客を抱えてる。あいつを落としてダウンに付けたら、次々ダウンを捕まえてくるぞ』


『それって、ネット拡販チームじゃないんですか?』


『あいつら、俺より簡単に会員増やしやがるからな。ここらで巻き返せるぞ』



 東ヶ崎さんが軽く手を上げて話し始めた。



「あ、『ネット拡販チーム』って言うのは、あのマルチの3大グループの一つみたいです。長谷川氏チームの他にも、ネットで集客してる『ネット拡販チーム』と大学生を中心に会員を増やしている『学生チーム』が居るみたいですね」


 事前に会社名を知らせておいたから、色々調べてくれていたようだ。



『でも、あの女 簡単に落ちますかねぇ? しっかりしてそうでしたよ?』


『酒飲まして、警戒が緩んだところで例の薬を飲ませれば、自分から腰を振ってくるさ』


『まだあの中国から持って帰ってきた薬持ってたんですか!? あれはヤバいですって!』


『ばか、あの身体を手に入れて、人脈もごっそり手に入れるためだろ』


『長谷川さん酷いなぁ。色も金も全部吸い上げるつもりでしょ』


『金なんかいくらでもくれてやるさ。半年分くらい会費払ってやったら、ほいほい付いてくるぞ。お前、本当に大事なのは金じゃないって知ってるか!?』


『え? 長谷川さんからそんな言葉が出るなんて。まさか愛とか!?』


『愛? なんだそりゃ。「金額」って言葉があるだろ? 普通のやつは「金」に飛びつく。でも、大事なのは「額」の方さ』


『額ですか?』


『「客」の「頁」って書くだろ? つまり、顧客リストだよ。マルチにとって組織は最重要だ。リストさえあれば、いくらでも金は集まって来るんだよ』


『ひゅー! 長谷川さんかっけー!』



 ここでさやかさんがイヤホンを外した。



「何なんですか!? この人、最低じゃないですか!」



 ぷりぷり怒っていた。



「私……あのままいたら……」


「今頃、ヤバかったかもですね」


「そんな……嘘だって分かっていても、どこか信じたい自分もいて、私一人だったら本当かどうか確かめていたと思います」



 気を落し気味に松田さんが言った。



「騙されたって分かった時点で、失ってるものが多かったかもですね。良かったですね、狭間さんが悪い人でなくて」


「はい。全くです」



 何故、さやかさんがドヤ顔をするのか。



「一応、録音してますけど、これを警察に持って行っても証拠能力がありません。そもそも非合法に盗聴してますから」



 そう言いながらも、表情に余裕がある東ヶ崎さんは、何か策があるのだろう。


 ちなみに、横領の件で警察に突き出すことも考えはした。証拠も十分ある。でも、逮捕されても、起訴されても、すぐに刑務所から戻ってくる。法律によれば、横領はそれほど重い罪ではないのだ。


 道を外した人は更正のチャンスが与えられるべきだとは思う。


 でも、彼はダメだ。根っこの部分まで腐ってる。



「何か良い手があるんですよね?」


「はい、もちろん。とりあえず、松田さんを家に送り届けて、私達は福岡に戻りましょう」


「ありがとうございます……はー、また一から人脈を探さないと……」



 松田さんが肩を落としている。



「そう、気を落とさないで。ちゃんと真面目にやっていたら、チャンスは必ずやってきますから」



 さやかさんが松田さんを元気づける。



「はい……ありがとうございます」


「あ、この週末、先日お話した『朝市』というお店に来ませんか? ちょっとした撮影があるので、テレビ関係の方とのコネクションになるかもしれませんよ?」


「ほんとですか⁉ ぜひ!」



 松田さんの表情が一気に明るくなった。彼女は割と強かそうなので、大丈夫みたいだ。

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