第154話:マルチ商法の裏とは
マルチ商法らしいマルチ商法のセミナーに出席してしまった。
「紹介者」の松田さんは意図して俺をここに連れて来たのか、知らずに連れて来てしまったのか、とにかく、セミナーのスピーカー(MC)をしている長谷川氏は、松田さんをお気に入りのようだ。
俺は、髪をカチカチに固めているし、メガネにマスクで変装しているので、正体はバレていないみたいだ。
今は、セミナーが終わり、周囲の人が「被紹介者」をマルチに勧誘する時間だ。松田さんは、こっそり小さな声で「すいません、こんな会って知らなくて……」
慌てぶりから本当なんだろうなぁ。
普通の「紹介者」と「被紹介者」なら、セミナーが終わって帰るだろう。グループによっては、「紹介者」が集まってファミレスなどで反省会をすることもある。
しかし、幹部は……
「それでは、お疲れ様でした。あ、ビショップ以上の方は、隣のホテルの僕の部屋に来てください。あ、松田さんとその紹介者さん……の方も一緒にお願いします」
俺のことは気づいていないらしい。そもそも名乗っていないからな、名前が出なかったらしい。
マルチのセミナーは、その後 幹部を呼びだしてトップが檄を飛ばすのが一般的だ。何故、俺がそれを知っているかというと、森羅のヤツとは違うヤツでマルチの幹部をやっているヤツがいたのだ。
裏情報を色々教えてもらっていたので、この先何が起こるか大体わかる。
この「反省会」までは参加して大丈夫だろう。その後にまだ続く場合は、絶対に撤退だ。
「あの……すいません。呼ばれたみたいで……どうしますか? 帰りますか?」
「いや、その反省会までは参加させてもらおう。松田さんには一つお願いがあります」
「はい、何でしょう?」
俺は、彼女に一つだけ頼みごとをして、隣のホテルの長谷川氏の部屋とやらに行くことになった。どうも一緒に行く幹部は7人らしい。
***
隣のホテルというのは、割と大きなリゾートホテルで部屋はスイートになっていた。
「何なんだよ! あの人数は! たった100人しかいないだろ! 俺が熊本まで来たんだよ! 500とか1000集めとけよ!」
部屋に幹部と長谷川氏が集まると、さっきの会場の長谷川氏とは全く違う長谷川氏がいた。
幹部たちに向けて怒鳴り散らしている。
ああ、思った通りだ。
「あの人数は本気じゃない」「気合が感じられない」「本気出せ」など、多分、どんな結果だったとしても同様に怒鳴られるのだろう。
長谷川氏だけが部屋に置かれた椅子に座っていて、他の幹部たちは立ったままで下を向いている。
もっとも居心地が悪いのは、俺と松田さんだ。
「すいませんね、松田さんと……」
長谷川氏が松田さんは怒鳴っている対象でないことを確認するように言った。相変わらず、一緒にいる俺のことは眼中にないらしい。この場合、その方が助かる。
「田中です」
いつもより低い声色で答えた。
「そう! 田中さん! このお二人はすごくいい!」
何が良いというのか。
「お前ら、彼女がどれだけ凄いか分かるか⁉」
「いいえ」
「分かりません」
「すいません、分かりません」
幹部たちがパラパラと答えた。
「ちっ、しょうがねーな! 彼女は、動画配信をやってて、12万人も登録者がいるんだよ! つまりどういうことか分かるか⁉ その1%でも入会したら1200人だろ! お前らよりも上にすぐ来れるんだよ!」
「おお!」
「すっげー」
「まじか」
幹部たちがどよどよと噂をし始めた。彼女を見る目が変わった気がした。
一方、松田さんは恐縮していた。「とんでもないです」とか「私なんて」とか言ってた。
それにしても、久しぶりに見たけど、長谷川氏は森羅にいた時から変わらない。外面だけはいいのだけど、仲間内だけになった時の暴言が酷い。口が悪いのだ。
言っていることもめちゃくちゃだ。
「HNLには、大きく分けて、3つのグループがあるんですよ。そのうちの一つがネットを使っての集客が強くて……あいつらに圧倒的な差をつけるためには、ぜひ松田さんに入ってもらいたいんです!」
松田さんもすっかり流されてるけど、元々メインは人脈を紹介してくれるって話だったはずだ。いつの間にか、完全にマルチへの勧誘がメインになってる。
「あ、汗が。よかったらジャケットをお預かりしましょうか?」
「あ、すいません」
さっきから全力で怒鳴っていた長谷川氏だったので、松田さんはジャケットをハンガーにかけましょうか、と申し出た。
長谷川氏は、松田さんにジャケットを手渡した。
「それで、どうですか? HNL入りませんか? 松田さんの下にならすぐに100人付けますから!」
それがどれくらい凄い事かは分からないけれど、それだけの好条件で入るということは、それだけの事を期待されるということ。
セミナーでは「働かなくていい」とか「権利収入なので不労所得」とか言っていたけど、めちゃくちゃ全力で働いてるじゃないか。
長谷川氏はそれに気づいているのか、それともわざと言っているのか……
「えっと……か、彼と相談して決めたいと思います」
松田さんは、そう言うと、俺の腕に掴まった。まるで俺たちが付き合っているかのようだ。
「そうですね。すぐに答えた方がいいでしょうから、話し合ってすぐに決めます」
あたかも関心があるように言って、この場を抜けることにした。説得する側としては、一瞬でも離れると気持ちが離れるので、絶対入会しないことを知っているのだ。凄く引き留められた。
何とかかんとか言われながらも、俺たちは長谷川氏の部屋を出た。
ドアを閉めた後、長谷川氏がまた怒鳴り散らしている声がドアの隙間から零れていたので、相当悔しかったみたいだ。
俺達は、目的を達成したので、とにかくこのホテルを出たのだった。
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