第153話:勉強会の内容とは

 松田さんと共に長谷川氏がいるというセミナーに参加している。


 ビジネスビルの貸し会議室に参加者が100人くらい。


 参加者のほとんどは私服。参加者には「紹介者」と「被紹介者」があるらしい。各机は、片方がスーツの所もあるので、「紹介者」がスーツ、「被紹介者」が私服なのかもしれない。


 松田さんは私服。この法則に当てはまらない。そのため、絶対ではないみたいだ。



「僕がこのHNLに入ってから、ビショップになるまでわずか1ヶ月でした。今日は、そこについてお話しする訳ですが、まずは僕の自己紹介から始めます」



 長谷川氏が話し始めた。HNLはハッピーネクストライフの略だろうか。


 ビショップとはチェスの駒だろうけど、この場合役職なのかもしれない。俺は、益々怪しい雰囲気に過去の記憶が蘇って来ていた。


 セミナーに人を集めてワクワクさせ、高額な商品を買わせる集まり……マルチレベルマーケティング。


 いわゆる、マルチ。


 俺が森羅にいた時に後輩が何かしらのマルチに入ったらしく、俺も勧誘されたことがあった。


 セミナーの後は、個別に話をされる。「紹介者」が「被紹介者」を勧誘する形だ。セミナーで話す「スピーカー」は勧誘タイムには部屋を回って促進していくのだ。


 俺は話半分で聞きながら、東ヶ崎さんに当該の会社について調べてもらえるようメッセージを送った。



 *


 長谷川氏の経歴は、森羅にいた時の事しか知らないけど、彼は大学生の時に友達から大手のマルチ商法の会社に誘われたと言った。


 本当か嘘かも分からないが。


 始めて半年でトップディストリビュータになったらしい。それがどんな功績なのかよく分からないけれど。


 そして、今回はその功績を買われて、ハッピーネクストライフの販売をしている、と。


 つまり、彼はマルチの元締め?



「HNLはマルチです。マルチ商法についてご存知の方ー?」



 会場の何人かが手を上げた。



「マルチに悪い印象を持っている方はー?」



 さっきよりも少ないけれど、数人が手を上げた。



「良いんですよ! 正直に手を上げて! 何だか友達を無くすとか、大金取られそうとか、逮捕されそうとか……今日は、勉強会ですから、その辺りの誤解と嘘を正しく理解していただければと思ってます」



 長谷川氏は、森羅では見せた事がないようなにこやかな顔で話を続けた。



「これまでのマルチは、欠陥がありました。売り込みが苦手な人が、売り込みをしないといけないから、売れなくて自分で買ったり……」



 部屋の全面のモニターには、資料が表示されている。



「ダウンを獲得できる人はどんどん獲得して、稼げるけど、獲得できないとお金ばっかり使ってね」



 急に言葉を崩してきた。これは親しみを持ちやすくする作戦だろう。



「でも、HNLはマルチのプロである僕が設計しました。これに答えを出したんです。自分のダウンは二人まで。バイナリシステムなんてす。3人目のダウンは、あなたの二人のダウンのその下、もしかしたらもっと下かも、そこに付きます」



 ダウンとは紹介されて入会した人のこと。



「だから、売り込みが苦手な人もどんどんダウンが付いて行っちゃう! これ凄くないですか!?」



 じゃあ、入会者は何をするというのか。



「でも、ダウンが増えないと、儲からないですよねぇ。だから、ダウンを獲得できるトップの下に付かないとだめなんです。例えば僕ね」



 長谷川氏が稼がしてくれるとはとても思えないんだが……



「いくつか小さなグループもあるんだけど、ある程度行ったら頭打ちになるんです。これは、ずーっとマルチやってるから僕はよく知ってる! これだとダメなんです! 僕の下に付かないとね!」



 強調するってことは、今日の話しの肝はこれか。



「あなたがするのって、セミナーに人を呼ぶこと。それだけなんだから」



 いや、なかなかに難しいだろう。横見を見ると、松田さんが首を横に降っていた。


「私はそんなつもりじゃありませんでした」ってところだろうか。



「じゃあ、HNLでどうやって稼ぐのか!? 収入源は3つもあります! まずは、日用品! ブランドチェンジしてもらいたい!」



 どゆこと?



「この中に、歯磨き粉を使わずに歯を磨く人ー!? いないよね? じゃあ、歯を磨いた事が無い人ー!? いないよね!? よかったー、もしいたら何か気まずかった」



 ここくらいまで来たら、場も少し和んで小さな笑いも起きていた。



「人は必ず歯磨き粉を買います。大手メーカーの物でしょう。HNLに入ったら、HNLの歯磨き粉に替えてください。強制じゃないよ? 俺は絶対これじゃないとダメだって好きなブランドがあったら、それ使っていいよ?」



 え? じゃあ、何を買わされるのって顔をみんなしている。



「ソースでもいいし、化粧品でもいいんです。気に入ったものをHNLにしたら。月に15000円分買えばそれでいいんだから」



 また微妙な金額来たな。



「ダウンが増えたら、マージンが入る様になるから段々とプラスになって、マージンだけで本業の収入を超えて来ちゃう! 僕みたいに働かなくて良くなって来るんです!」



 あんたの今のこれは仕事ではないのか。



「次が、仮想通貨。仮想通貨に詳しい方! はい、手を上げて!」



 今度はほとんど手が上がらない。正面のモニターに資料が映された。



「仮想通貨は、言ってみればビットコインです! 他の通貨も基準はビットコイン! でも、新しい通貨を作れるんです!」



 みんな頭に「?」が浮かんでる。



「仮想通貨は何らかの目的のためにあって、人気が高いと価値が上がります。一定以上になると上場します。過去には、上場と同時に価値が1000倍になった通貨もあります。凄くないですか!? 1000倍! 一万円が一千万円ですよ! あなたなら何に使います!?」



 長谷川氏が会場の前の席の人を指名した。スーツを着ているから、「紹介者」かな。



「ただね。何か分からない通貨には誰も投資しないんです。だから、通貨捨てるかもしれないところに、一万円もつぎ込まない。僕達は成功するのが分かってるから一万円くらいならつぎ込める。こんな情報は一生のうちに何回もないですよね! お金持ちはこうやって秘密の情報をキャッチしてお金持ちになっていくんです」



 自慢気に語っていた。



「最後が土地です。日本の土地はそれほど魅力はありません。価値が上がり続けているのはハワイの土地です。ただ、近年投資に失敗する人もいる。そういう土地が競売けいばいに出るんです。ここを特別なルートで買います。市価の2割引きから半額くらいで。絶対儲かりますよね!」



 それとこの集まりのつながりが分からない。



「ただ、土地は今日買っても明日売れるわけじゃない。十分価値が上がってから売るので、資金がいるんです。それが、仮想通貨なんです。あなたが仮想通貨に投資して、そのお金で専門家が土地を仕入れる。儲かったら仮想通貨の価値があがる! あ、僕達はね、仮想通貨を買った時点でマージンをもらえるので買えば買うほど儲かります。もちろん、あなたもね」



 そういうことか。



「分かりますか? もう一度、確認しますね。あなたが直接紹介してくれたダウンが獲得できれば、直接ボーナス。日用品をHNLに置き換えるだけでもらえる購入ボーナス、仮想通貨に投資する投資ボーナス。僕なんかすぐに月収100万円超えたから、仕事辞めちゃった」



 いや、クビになっただけだろ。横領で。



「半年で僕が受け取ったお金を今日は特別に公開します。普段、あんまり言わないんだよ? 今日は特別ね」



 少しおどけた感じで長谷川氏が続けた。



「3000万円です。そして、収入は増え続けてるから! よくね、それだけ稼いだらもういいでしょ、って言われるんです。でもね、こうなると分かるけど、下で稼げない人を助けなきゃって。あなたもそういう上の人になってほしいです」



 何か、参加さえすれば儲かるみたいな話だけど、当然そんなうまい話はない。こんなセミナーでどれほどの人が入会するというのか」



「あなたの夢は何ですか?」



 突然、長谷川氏が会場に問うた。



「元気ですかー!? 元気があれば何でもできる! お金があればもっと何でもできる!」



 どこかで聞いたことがあるようなフレーズに、会場が爆笑していた。



「松田茉優さん? どちらにいらっしゃいますか?」



 長谷川氏が手を上げながら聞いてきた。隣の松田さんが少し慌てていた。



「あ、そちらにいた! ちょっと立ってください」


「あ、はい・・・」



 松田さんがその場で立った。



「ちょっと一周回ってみてください。会場の皆さん、松田さんを見てください。実に可愛らしいです。彼女は、アイドルを目指していて、動画の登録者は、すでに12万人を超えています」


 おおおーーーと、会場から驚きの声が聞こえた。



「彼女みたいな人は成功が約束されています。彼女の下には黙っていてもダウンが増えていくんだから。賢いあなたは理解していると思いますが、彼女より早く始めて、彼女をあなたのダウンに入れるのが成功の秘訣です。あ、松田さんありがとう。座ってください」



 松田さんは褒められて(?)、まんざらでもない様子。



 こうして、セミナーは終了して、その後 約1時間商談タイムとなった。「紹介者」が「被紹介者」に、「話を聞いてどう思った?」など質問して、脈がありそうだったら推すという時間。長谷川氏は机を回って、各所の援護射撃に出るスタイルらしい」



 当然、我々のテーブルにも彼は来た。



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