第150話:エルフの登場とは
光ちゃんが案内したにもかかわらず、エルフがステージに登場しない。何かあったとかと思い、ステージ裏で見ていた俺は急いで控室に向かった。
『こんエルフ―!』
会場のスピーカーにエルフの声がした。しかし、姿は見えない。俺も含め会場のみんながきょろきょろとあたりを見渡す。
『いつもは画面の中だけだったけど、今日はボク次元の壁を越えてリアルに登場するよ!』
(おおおーーー!)
会場は演出と思ったようだ。それにしてもエルフがいない。声は無線のヘッドセットマイクからだろう。トイレにでも行ったのか!?
俺が急いで控室の方に向かっていると、会場に走ってきたエルフが見えた。俺の顔を見ると、自分の足を指さしていた。
多分、靴が脱げたとか、紐がほどけたとかそんなトラブルだったみたいだ。
言い訳すると、マイクに音が拾われてしまうので、ジェスチャーだけで伝えてきた。俺も話しかけるとマイクに声が拾われてるので、背中をポンと押しただけだった。
『こんエルフ――――! 異世界生まれのボクが現世界に登場したよーーー!』
(おおおおおーーーー!)
そんな設定今考えたに違いない。エルフの過去の動画を何本か見たけどそんな事を言ってるのを見たことがない。
動画でデビューしたエルフだ、みんなと会うときは、先に声だけ登場の方が自然だったのかもしれない。その上で、リアルエルフがステージに登場するのだ。
会場は大興奮。
ケガの功名か、いい演出になったみたいだ。
『エルフたん、お花摘みに行ってたんすかー?』
『ごめんなさい。そこで靴が脱げちゃって……手が震えて紐が結べなくて』
(あははははははは)
いきなりバラすんかーい! でも、会場でウケてる。ツカミとして、いいんじゃないか?
『お前ら、どこからきたの?』
(福岡市内)(東区)(宗像)(熊本)(秋田)(東京)(広島)
見事にバラバラだよ。
しかも、何気に遠いところから来てくれている。すごいな、インターネット。
『いきなり、予定がぶっ壊れたんスけど、最初は何やるっスかー?』
『予定通り、公開放送したいと思って』
『それなんスけど、Vチューバ―って見た目はアバターが全てじゃないっスか!? 公開放送ってどうなんスかー?』
『放送では動かない立ち絵がいて、カメラは会場を映してるの。映像はぼかしを入れるから、会場のお前らの顔がネットにさらされることはないから』
(あはははは)
『じゃあ、行くよー! 放送開始―! こんエルフ―! 画面の前のお前らも、会場のお前らもこんエルフ―!』
(((こんエルフ―!)))
『今日は、福岡の「朝市」ってお店から放送してるよー! 会場のお前らー!』
(((おおおーーー!)))
『聞こえたかな? 画面の前のお前らも今度「朝市」に来てよ。場所はねぇ……後で動画の下にリンク貼っとくね』
エルフが簡単な説明と挨拶をしている間、光ちゃんは淡々と次のプログラムを準備していた。
『エルフたん、せっかくリアル3Dなんスから、会場のおっきなお友達に一周回って衣装見せてあげたらどうっスかー?』
『あ、うん。どうかな?』
(おおおおおーーーーー!!)
そう言うと、エルフが会場でゆっくり一周回ってみせる。会場は大盛り上がりだけど、1000人に対して一人だと小さくしか見えないし、大画面も1000人の人が見て見ごたえがある程ではない。
この規模のイベントをまたやるなら、建物から見直さないとな……
あと、配信を見てる人は実物が見たいだろうなぁ。来たら見れる訳だし。
近くに住んでる新規のお客さんが「朝市」に来てくれるようになるかも。
『じゃあ、ゲームからやろうか!』
エルフが会場に向けて言った。いきなり視聴者参加型はハードルが高いのでは!?
『ここ「朝市」は野菜の直売所なんで、お客さん参加の野菜の競りをやってるんだって。今日は、光さんとスタッフさんと一緒にやってみようかな』
ちょっと、話は強引だけど、ここで領家くんがいつもの競りをやってくれた。
「朝市」が何なのか、全国的にアピールできた訳だ。登録者数が20数万人の影響力は分からないけど。
領家くんにしてみれば、いつもイベントでやってる競りだ。ちょっと………いや、だいぶ人は多いけど。
何度もやったイベントなので滞りなく出来ている。しかも、近くに さやかさんがいない領家くんは実に優秀だ。
エルフを見に来たお客さんは男性が多いけど、3割くらいは女性だ。その女性客の心も鷲掴みにしている。
イケメンは画面に映ると映える。
普通のVtuberの放送でイケメンが出たら嫉妬の対象になりそうだけど、先に光ちゃんが出ているので、お店のスタッフとみんな認識しているみたいだ。
そこは問題ないらしい。動画のコメントもそれらしいのは見られない。
***
『じゃあ、最後のいちご2パックは、そっちの黄色いシャツの人ね!』
落札すると、ステージ前に来て落札商品をエルフから手渡される。
変なプレミアが付いて、いちご2パックが3000円になっていた。
商品は、落札されたいちご2パックと、おまけの野菜とドレッシング。全部で考えると3000円を超えているから、お客さんも損はしてない。
『競りはゲリラ的にやってるからまた来てねー!』
(パチパチパチパチパチパチ)
何かちゃんとイベントとして成立してきている。エルフだけだったら、グダクダだったっぽいけど、領家くんと光ちゃんがしっかりとした骨格の役割を果たしてくれている。
いい具合に時間を使って、時刻は昼前になってきた。
『じゃあ、次は本来のイベントで「屋台」のメニューを紹介するね!』
領家くんがはけて、各屋台のオーナーがステージに上がった。
『最初は、前回大好評だった「JK弁当」ね。前回100個が完売したから、今回は農家さんが欲ばって300個作ったって!』
(あはははは)
農家の方であり、JKの母であるオーナーさんがステージ上で照れ笑いしてる。
『売れ残ったらボクがクビになるから、お前ら買ってねー。販売開始は、このイベント終了後だから慌てなくていいから』
それだけだと、単なる売り込みだ。大丈夫か!? エルフ。
『今日もボクがお手伝いするから、お弁当はボクが手渡しするよ! あ、言っとくけど、お弁当作ったのはボクじゃないからね! ボクはこんなお料理できないし』
(あははははー)
おお! ちゃんと笑いにつなげた! 中々いいんじゃないか!?
もう、気分は運動会の時に我が子を見に来たお父さんの気分。俺に子供はいないけど。
その後も、商品説明や試食をしたりしたので宣伝効果は絶大だった。そもそも紹介する必要すらなかったかもだし。
ちなみに、弁当300個はホントに完売した。
その後、休憩を挟んで握手会を開催し、イベントが終わったのは夕方に差し掛かった頃だった。
屋台メニューの販売促進という本来の目的は達成した上に、配信を通して全国に「朝市」を紹介し、どんなお店か、普段どんな物が売られているのかなど、知らせる事ができたのは上出来だった。
「狭間さんー、ボク疲れたー」
「私もーーー」
控室のパイプ椅子でエルフと光ちゃんがぐったりしてる。
「着替えたら少し横になっててもいいぞ? 裏の宿泊施設のベッド使っていいし」
「ありがと……ボクちょっと疲れたから横になる……」
「せんむー、寝てる間の時給は……?」
光ちゃんが聞いてきた。
「きみはうちの社員だし、月給制だろ。寝てても引いたりしないから、ゆっくり休んで」
「あざまーす」
何かエルフは夜中まで寝てそうだから、いい時間に起こしに行かないと行けないんだろうなぁと予想しつつ、この日のイベントは終わった。
後に、今日のイベントがまたネットニュースで取り上げられ、エルフの登録者数が増えるのだが、もう一つ、予期せぬ効果もあった。
そして、俺がそれを知るのは翌日の事だった。
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