第148話:エルフ清水寺の舞台から飛び降りるとは


 ボク、九重エルフはこれから失敗すると分かっていることをあえて実行する。


 理由は狭間さんの協力を取り付けるため。


 ボクは、これから動画配信でとてもバカなことをする。多分、批判もすごく多いだろう。場合によっては精神的なダメージが大きすぎて、動画配信をしばらく休むかもしれない。


 でも、協力を得るためなら多少の犠牲はしょうがない。


 ボクは、今日の配信のために、ツイッターを始めた。「Vtuberなのにツイッターもやってないの⁉」って松田さんに驚かれた。


 ちゃんとアカウントを作って、動画にURLを張り付けた。松田さんも協力してくれるってことで、既にフォロワーが200人もいる!


 そのフォロワー200人のアカウントで今日の動画の告知をした。



『重大発表をします!』



 Vtuberが重大発表と言ったら、大体新衣装のお披露目と決まっている。ボクの場合、そんな生易しいもんじゃない。


 ボクはボクの罪をみんなの前でさらけ出すのだから。


 予告時間の午後9時が近づく。あと30分もあるのにマウスを持つ手が震えている。


 機材は大丈夫かな。


 アバターの調子は悪くないかな。


 オフラインで確認していく。ここでまた誤配信でもしようものなら、リスナーさんが失望してしまう。


 あと10分、変な汗が出てきた。今のうちにもう一度トイレにいっとこ。


 あと5分。口が渇いてきた。ペットボトルの水は既に500mlを1本のみ終えている。2本目のふたを開けた。


 あと1分……ボクの配信者生命が終わってしまうかもしれない……


 5……4……3……2……1……



「こんエルフ―! 今日の配信始めるから!」



『何か当たり前みたいに新しい挨拶ねじ込んできた!』

『慣れてきた?』

『エルフたんよくぞここまで成長してくれた』


「挨拶決めたから。今度から使って」


『こんエルフ』

『こんエルフwww』

『こんエルフww』

『こんエルフwwwありがちwww』



 よし! 松田さんに習った通りに挨拶を決めて、リスナーさんに知らせた。今度からこれを使って行こう。もっとも、今後があれば……だけど。



「エルフの森の住人は元気かな?」


『元気……だけど?』

『元気ーwww』

『エルフたん今日は声が固い?』


「実は、今日は重大発表があります!」


『重大発表!』

『なん……だと⁉』

『男とか⁉ 交際宣言⁉ それだけはやめてくれ!』


「実はボク……今までみんなを騙してた……今日はそれを告白しようと思って……」


『あれ? ガチトーン?』

『ヤバい感じ!?』

『聞きたいけど、聞きたくないwww』


「今まで、ボクのアバターをすごく可愛がってもらったけど、実は……リアルのボクは……金髪なんだ!」


『……』

『……知ってた』

『知ってたwww』

『ずっと前から知ってたwww』


「それだけじゃない! 疑惑のあの動画のイベントで料理を持っているのは実はボクなんだ!」


『疑惑www』

『……知ってたwww』

『それも知っているが?』

『あれ? 今回こういうネタ?』

『事故はよ! 事故キボンヌ!』


「今回は反省して……アバターをボクのリアルに近づけて金髪にしようと思ってる」


『エルフたんがグレたww』

『金髪宣言www』


(バンッ!)「みんな! 裏切ってごめん!」



 ボクがエンターキーを叩くと今まで動いていた黒髪のアバターが消え、先日会った松田さんが書いてくれたボクをモチーフにしたアバターに切り替わる。



『かわええ!』

『うい!』

『さすがにこれはあざと過ぎでは!?』

『いや、リアルの方が可愛い!』


「あれ? ボクの事責めないの?」


『?』

『???』

『??』

『?????』


「だって、ボクみんなの事、騙してたんだよ⁉ 黒髪でもないし! 毒舌でもないし! 陽気に振舞ってたけど、学校行けなくなった ただのダメなヤツだよ⁉」


『陽気とはwww』

『恐ろしいくらいに新しい情報がない!』

『知ってたww』

『ワイもひっきーだから気持ちは分かる』


「あと、今回から黙って名前を『エルフ』から『異世界エルフ』に変えたんだけど……」


『誰にも気づかれない些末な変化www』

『気づいた奴いるのか⁉』

『異世界以外のエルフが存在するものか⁉』


「お前ら……」


『エルフたん顔出しおk? イベントとかで会いたいんだけど』

『握手会行きたい!』

『遠くからご尊顔を眺めたい』

『チェキ撮って欲しい』

『こらこら助さんも格さんも刀を引きなさい』


「ボク、福岡の『朝市』ってところでイベントやってる」


『言っちゃったよ!』

『自ら身バレする珍しいパターン』

『中の人wwwVtuberとはwww』


「今度、同じとこでメイド喫茶やるかも」


『なん……だと⁉』

『金髪エルフが幼女でJKでメイド⁉ キャラが渋滞しすぎとる』

『次いつやるの?』

『エルフたんにご主人様って言われたい!』

『車売って行く!』


「明後日かな。11時から、お昼のね」


『明後日のイベントの告知とか呼ぶ気ゼロ⁉』

『あ、ワイ行くわ!』

『そのイベントに握手会はありますか? おやつはいくらまでいいですか?』


「握手会? ボクと握手してもつまんないよ?」


『いや! ある! つまる!』

『ワイ行くで! 鹿児島から行くで! 握手会!』

『東京から車だと福岡まで何時間?』


「お前ら来てくれるなら待ってるね。あ、もう10時になる! 他のライバーの人の配信も見るでしょ? 今日はここまでだね。」


『終わりの挨拶はー?』

『終わりの挨拶はよ』

『終わりの挨拶』


「あ、終わりの挨拶は思いつかなかったごめん。またねー」


『かわよい』

『あばよ!』

『いつもみたいに「今日は終わり!」でいいんじゃね?』


「今日は終わり! 明日も来てねー」



 こうしてボクは重大発表の配信を終えた……。ぐったりだった。背中に汗もかいてる。でも、狭間さんが言ったみたいになんとかなった……



 ◇◇◇



 この日、エルフは自分が今まで言えなかったことを配信で言えたので、すっきりしていた。罪悪感からの開放とでも言うべきだろうか。


 しかも、彼女が恐れていたリアクションとはまるで違って、リスナーはとても好意的だった。


 イベントにも来てくれると言った。よく考えたら、住所も言っていないし、店名も一度言っただけ。詳しい店の説明もできていない。


 でも、それは後の祭り。


 イベントは明後日。明日の配信でもう少し詳しく告知すればいい。今は開放感から寝てしまおう。


 そう思っている、エルフの知らないところで次のような内容がネットニュースに上がっていた。



『Vチューバ―身バレして認めた』

『身バレVが実は金髪エルフ』

『アバターより可愛いのは反則』

『現実世界にエルフ発見される』



 ネットニュースは短い文字数でインパクトのあるタイトルが特徴だ。いずれも、エルフが自分のリアルについて語ったことが取り上げられていた。


 Vtuberにとって身バレは最大の禁忌。


 例え、バレたとしてもそれを絶対に認めてはいけないし、話題にしてはいけないのだ。


 そんな中、エルフはあっさり認めてしまった上に、中身がアバターよりも目を惹くというレアケースだった。


 インパクトが大事な動画配信の業界において、多くの人が喰いついた。


 特にVtuber達は、絶対に身バレが許されないと言われているのに、あっさり認めた彼女に憧れさえ抱いた。


 しかも、中身が金髪幼女エルフ。


 話題が話題を呼び、登録者数がうなぎ上りに増えていくのだが、それにエルフが気づくのはもう少し後の話だった。

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