第147話:エルフのお願いとは


「ねえ、狭間さん。ちょっといいですか?」



 今日は比較的早く家に帰れたので、リビングで溜まった書類整理をしていた。


 しかし、エルフに頼まれたら断れない。



「屋上行くか?」


「うん……」



 多分、リビングで話せる内容じゃないんだろう。俺は何となく空気を読んで屋上に行く事を提案した。



 ***



「お前、福岡に来たいと思ってるだろ」



 屋上の安全策に寄りかかりながら聞いてみた。



「うっ、何で分かるの!?」


「顔に書いてある」



 エルフが自分の顔を触って確かめている。面白いやつだ。



「学校どうすんだ?」


「うん……こっちに転校できないかな?」


「できると思うけど、ちゃんと試験はあるぞ?」


「あ、そっか……」



 そうでなければ、入学試験を受けてきた人と不公平だ。



「何かもう戻りたくなくなってて……」


「そりゃ、憧れのお姉様とさやか様と一緒だからだろ?」


「……うん。それもある」


「毎日、色んな所で色んな仕事も見れるし?」


「うん。大変なんだと思うけど、狭間さんの仕事は見てて面白い」


「やってる方は大変なんだからな!」


「うん……それは、何となくだけど分かる気がする。まだ仕事って訳じゃないけど、ボクも配信中々うまく行かないし……」



 そう言えば、芸能事務所では話を聞いた松田さんから動画配信の事を教えてもらっていたな。


 始まりも終わりも挨拶も決まってまいし、一定の時間に始めてないし、ファンネームもついこの間決めたくらいだったらしいし、内容も特に決めずに配信は行われてきた。


 要するに、基本が出来てなかったらしい。それでよく2万人とか登録者付いたな。


 話を聞いた松田さんは驚いて口が開いてた。人は驚いたら口が開くんだと実感した。



「こっちで高校行ってバイトして、『朝市』のイベントは?」


「それもやりたい。色々やりたい事があるから、時間が足りない。だから、高校はもう行かなくてもいいかなぁ」



 そこまで言わせるってことは、前の学校で相当嫌な事があったのかな……



「前の学校に何があるんだよ? そんなに行きたくないって」


「……うん」


「東ヶ崎さんとか さやかさんに相談じゃなくて、俺に相談するってことは、俺に二人を説得してほしいんだろ? 事情も知らないのに説得とかできないぞ? 武器を持たずに戦いに行くようなもんだ」


「……うん」



 急いで答える必要はない。俺はエルフのことが知りたいだけ。


 俺だけじゃなくて、さやかさんも東ヶ崎さんもそうだろう。ただ、他人に踏み込んでほしくないところは誰にもである。だから、俺たちはドアを強引にこじ開ける様な真似はしなかった。


 ただ待つだけ。彼女は天照大御神アマテラスオオミカミで、俺たちは天鈿女命あめのうずめのみことだろうか。せいぜい木の枝を持って踊るくらいしかできることはない。


 俺は一旦屋上から見える景色を楽しんだ。割と遠くまで見えるからな、ここ。



「……怖いんだ。ボク、学校のみんなが……」



 きっと、エルフの勇気を出した一言だったろう。



「何かされたのか?」



 ふるふると首を横に降るエルフ。じゃあ、なんで?



「誰も仲間に入れてくれなくて……」



 そう言えば、そんな事を言っていたか。



「ボクも何か怖くて誰からも話しかけられない様にしてたんだ。今ではクラスで浮いてて、教室にいるのも苦痛で……」



 考えてみれば、知らないもん同士が強制的に同じ空間に居させられるって嫌だよな。現代では特に。



「別にそれは恥ずかしくないだろう?」


「だって、クラスメイトとうまくやっていけないんだよ? みんなうまくやってるのに……」


「俺なんか、色々あったけど、10年勤めた会社をクビになってるからね? しかも、クビになるまで何年も酷い状態だったし……」


「そうなんだ……じゃあ、ボクもしょうがないのかな?」


「いや、俺と同じ思いのヤツとか今後出したくない。うまくいくならそっちの方がいい」


「ボク、どうしたらいいの?」


「そうだなぁ、学校のことは正直何もしてやれんし……ただ、仕事の方は何とかできるかも」


「じゃあ、仕事の方は何をしたらいい?」


「まず、Vtuberの配信、あれな」


「やめないよ? 登録者数2万人行ったんだから、10万人目指すんだ!」


「それは止めないけど、アバターは実物のエルフにもうちょっと寄せた方がよくないか?」


「でも、あれはボクの理想だから……」


「正直、本物の方が可愛いぞ? 今のアバターは平凡すぎて何と言ったらいいか……」


「でも、それだとボクだってバレちゃうし」


「この間の配信見たけど、もう手遅れだろ」


「見たの⁉ ボクの配信⁉ 狭間さんが⁉ いつの間に!?」



 調べてみたけど、検索ですぐに見つかった。「エルフ」「Vtuber」で画像検索したら、可愛い女の子のイラストがたくさん出てくる中、黒髪おかっぱの生徒手帳に乗ってる模範的な女子の髪型みたいなのが1つだけあるのだから。



「まあ、騙されたと思ってやってみろって」


「もし、やったらお姉様と さやか様を説得してくれる?」


「ああ、結果にかかわらず説得する!」


「……分かった。やってみる」



 こうして、エルフは素人の俺が考えた作戦を実行することになった。次の配信が楽しみだ。

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