第145話:「朝市」のキッチンの使い道とは
「さっ、さやか様っ! 忙しいところ大変恐縮ですっっ!」
今日は、久々に「朝市」までさやかさんと東ヶ崎さん、ついでにエルフまで連れて来ていた。
相談があるからと言って控室で打ち合わせをしようと思ったら、領家くんが取っ散らかってる。
彼は普段とても優秀なのだけど、どうもさやかさんが目の前にいるとポンコツになって面白い。
控室の机の席にみんな座って領家くんの相談事を聞いているのだけど……
「さやか様! お茶を出しましょうか⁉ それともスイカをお切りしますか⁉」
席に座ったり、立ったりして落ち着かない。
「領家先輩、どうぞ席につかれてください」
「は、はい! 座ります! 座らせていただきます!」
戸籍上は、領家先輩はさやかさんの兄になるのではないだろうか。最大限に緊張しているというか、落ち着かないというか……
一方で、さやかさんは、いつぞやのことは水に流せたみたいで、落ち着いて席についている。
「領家くん、いつも通りでいいんだよ。まあ、席についてよ」
「は、はいっ! 狭間様! あ、間違えた、狭間専務!」
さやかさんの「様」が俺の方にも来ちゃってるよ。
領家くんの緊張が、何故かエルフにまで伝播して、エルフも背筋をまっすぐにして座っている。手なんか膝の上に置かれてるし。
(ぽかっ)「お前も、もう少しリラックスしてろ」
「いてっ」
エルフの頭を軽く小突くと、エルフはいつもの調子を取り戻したようだった。
***
「コホン、失礼しました」
一段落落ち着いたところで、ようやくちゃんとした会議が始められるらしい。領家くんが咳払いをして、仕切り直した。
「今日のお話は、先日作っていただいたキッチンルームの活用法についてです」
そういえば、「屋台」の試食を持ち込む人用に旧「入口」2階にキッチンを作った。例えば、ケチャップライスだけ作った状態で「朝市」に持ち込んで、我々にプレゼンする直前にたまごを焼いてオムライスにするみたいな場所だ。
さやかさんの希望でアイランドキッチンになっていたし、武骨な業務用ではなく、可愛い印象の家庭用で揃えていた。
それでも、コンロやオーブンなど火力が関係するようなものは一部業務用を採用していた。
「何か問題でも?」
「あ、『屋台』の件は解決です。たまに込み合うこともあるので、時間を設定して使ってもらうようにしました。試食する方も一度にたくさんは対応できませんので」
試食は領家くんが対応してくれていた。
メニューの価格を決めたり、名前を決めたり、簡単なことはもう彼と他のスタッフで大丈夫だ。
コンセプトが決まっていなかったりのふわふわした相談からのスタートの場合は、俺や さやかさんが対応しているものの、基本的なマニュアルを作ったことと、「屋台」がどんなシステムなのかテレビなどで紹介され、ある程度勉強してから来てくれるようになったので、最近ではあまり出番がなかった。
「『屋台』用なので、使うタイミングがあまりなくて、空き時間が多いです。その時間にキッチンを使わせてもらいたいという方がおられまして……」
「それは誰ですか?」
「地元のテレビ番組の方らしくて、調理のシーンを撮影するのにいい場所ってないらしくて、一式そろっているのを見てぜひ使いたい、と」
「撮影スタジオとして使いたいってこと?」
「そうです。あと、コスプレのイベントの方々が、撮影に使いたい、と」
「キッチンでコスプレ? 新婚さん的な?」
「メイドさんらしいです」
「なるほど」
何がなるほどなのか分からないけど、新婚さんのコスプレよりはメイドさんの方が理解しやすかった。
「さやか様、どうでしょう?」
「んーーーー、それってカメラなんかは持ち込みってことですよね?」
さやかさんが顎に人差し指を当てながら訊いた。
「はい、機材一式は持ち込まれるそうです。テレビ局の方もコスプレの方も。もっともコスプレの方はスマホ程度みたいですけど」
「テレビの撮影の方は、いっそのことこちらでカメラ類を準備してあげて、身一つできたら撮影できるようにしたらどうでしょうか?」
「つまり、『キッチンスタジオ』として貸し出す、と」
俺が確認のために聞いてみた。
「その通りです。『屋台』の試食の仕上げだけだったら投資したキッチンの設備は回収できませんけど、スタジオとして貸し出せば利益を生みます」
中々しっかりした考えだ。もしかして、最初からこれを見通して可愛いキッチンにするように⁉
アイランドキッチンの方が撮影に向いているだろう。俺は個人的に従来型の方が好きだったけど。さやかさんと東ヶ崎さんが料理をしている後ろ姿が大好きなので。
「一応、カメラは20万円くらいから50万円くらいまで色々あるみたいなのですが、スタジオとして使いたいと言われている所の担当者に相談してみます」
「そうですね。そして、どんな撮影をするのかも併せて聞いてみてください。材料は『朝市』で大体そろうと思いますし、足りないものは『スーパーバリュー』から出せます。ついでに、アシスタントが必要だったら芸能事務所にも声をかけるあてがあります」
さやかさんが、全方位抑える勢いで言った。
確かに、キッチンスタジオとしてコンスタントに使われるようになれば、テレビ関係の人とのつながりもできる。これは一石二鳥どころか、三鳥にも四鳥にもなるだろう。
さやかさんの直感すごいな……
1つ目の議題が片付いた。
「次は、イートインコーナーの活用なんですけど……」
週末ともなればかなりの人数のお客さんが来るので、イートインスペースはかなりの広さが必要だった。
平日は一部をイベントに使ったりして、有効活用できていると思ったけど……
「他の建屋は店の奥に控室があったり、飲食店があったりします。イートインコーナーだけ奥は壁で、何も使っていません。建物裏も駐車場にはなっていますが、裏過ぎて駐車場として活用されているケースは少ないようです」
なるほど、本体と旧「入口」を繋いだ場所がイートインコーナーとなっているので、つないで壁と屋根を付けただけだ。安くできたのでそれ以上の活用は考えていなかった。
「イートインコーナーの広さはそのままに、外に増設して店舗を入れられないでしょうか?」
収益アップにつながる提案という訳だ。さすが領家先輩。
「店舗を増設はいいですけど、入るお店の当てがありますか?」
「出店希望の個人とお店は割とあるので、こちらにリストにしています」
領家くんがA4の紙を全員に配り始めた。
うどん屋、蕎麦屋(手打ち)、ラーメン屋、お好み焼き屋、クレープ屋……要するに「屋台」で成功している常連店が、「朝市」ないで常設店を持ちたいということか。
他で新たに出店するより、「朝市」で継続した方が集客力もさらに上がってきているしリスクも少ない。
選ばれることは嬉しいことだし、概ねいい方向ではないだろうか。ただ、スペース的な問題もあって、大きめの店舗なら3店、小さめの店舗でも5店くらいが限界だろう。
「一つはこれがいいですね!」
またさやかさんが目をキラキラさせていた。これは直感が働いたときの様子ではなかっただろうか。
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