第144話:業界に太いパイプを持つプロデューサーとは


 さやかさんが新しくオーナーとして引き継いだ地元の芸能事務所の会社、株式会社スタープロモーション。


 そことコンタクトしている契約前のアイドルのたまご、松田茉優さんにアイドルについて教えてもらっていた。


 彼女の話では、地元のテレビに出たり、動画で料理番組を持つようなローカルタレントになりたいのだと。


 その為には、地元の芸能事務所に所属するか、企業に所属するかで、業界の人たちと仲良くなっている必要があるのだと聞いた。


 そして、各タレントと芸能事務所や企業の社長との交流の場を作っている人物がいるという。



「その人の名前は?」


「ハセガワさんです。これがキャプチャした画像なんですけど……」



 俺とさやかさんがよく知った「長谷川リーダー」、株式会社森羅万象青果で営業リーダーをしていた「長谷川 健」に間違えなかった。


 彼は長年「森羅」の売り上げを着服していたばかりか、俺の悪い噂を社内に流し続け、


 確かに、少し髪型が違って、服装は少し良さそうなスーツを着崩している。



「さやかさん……」


「間違いないと思います」



 俺達は、立ち上がってテーブルの上に置かれたキャプチャ画像を見た。俺たちの反応に松田さんがオロオロしていた。


 東ヶ崎さんは社長の鴻上さんを呼びに行ってくれている。



「どんな話をしたか、詳しく教えてもらえますか?」



 俺達は冷静さを取り戻して、先に松田さんに質問した。俺達の知っている長谷川氏情報を知らせてしまうと、彼女が色眼鏡で記憶を改ざんしてしまうかもしれないのだ。



「あ、あの……私……」



 松田さんが何か悪いことを言ってしまったと思っているようだ。



「何も心配することはありません。この人と何を話して何を聞いたのか、教えてください」



 落ち着かないながらも、松田さんは話し始めてくれた。



「あの……メモを出してもいいですか?」



 真面目らしく、話した内容をメモに取っていたらしい。



「もちろんです。何か心配だったら、ここでの会話も録音したりしてもいいですよ?」


「いえ、大丈夫です。すいません」



 メモを見ながら松田さんが話してくれた。



「芸能界っていうのは、まだまだ未知のベールに包まれた世界だ。それを広く一般に開くのが長谷川さんの仕事って言ってました」



 それだけ聞いたら本当っぽい。逆に疑うと全てがうさん臭く感じるようになる。



「1867年、日本では大政奉還がなされました」



 ん? いきなり違う話が始まった⁉ 俺達はみんな一瞬「ん?」と思ったけど、口を挟まずに続けて聞いた。



「それまでは、お百姓さんが多くて、お米を作るのが一番のビジネスモデルでした。そこから約70年経過した1941年に太平洋戦争が始まりました。この時、日本人男性はみんな兵隊さんになりました。それが当時のビジネスモデルでした」



 芸能界と全く関係ない話? さやかさんと俺は顔を見合わせたけど、言葉は発しなかった。


 松田さんはメモに目をやったまま続けて話した。



「2005年Youtubeがスタートして、日本上陸は2007年。この間も約70年。日本のビジネスモデルは約70年ごとに新しいものにガラリと変わっていく。戦争が終わった後はみんなサラリーマンを目指した。しかし、今は個人の時代だ」



 確かに、それぞれの歴史的な年号と事実は違いない。農業でお米を作っていた時代の後は、日本も戦争をしてみんな兵隊になっただろうし、その後はサラリーマンになっていった。実際、俺もサラリーマンだったし。



「大企業に勤めて社員が多いのが優れているという時代は終わった。個人の情報発信力が高まった今、できるだけコンパクトにできるだけ情報を多く発信できることが重要」



 ようやく言いたいことが分かってきた。最初訳の分からないことを言い並べて、後になる程分かりやすい話をするのは詐欺の常套句というか、洗脳のやり方だ。


 この話を本当にあの長谷川氏がしたとして、考えてか、考え無しか洗脳のやり方を取り入れているとしたら、本物の詐欺師だ。それもかなりの凄腕だ。



「とはいえ、人と人のつながりはいつの時代も変わらない。強い情報が集まる場所に自分の身を置いておくことは、情報のエンタルピーを上げることになる」



 松田さんがページをパラリと変えて続けた。



「そして、長谷川さんは定期的に福岡で、テレビのディレクターや業界のキーパーソン、スポンサーとなる企業の重役との交流会を開催していて、そこに私も来ないか、というお誘いでした」


「場所とか聞いたんですか?」


「福岡の高級クラブ……とか言ってたと思います」



 絶対危ないやつだ。



「松田さんは行こうと思わなかったんですか?」


「その時は福岡でとのお誘いだったので、都合で行けませんでした。次回はぜひ、とお願いしました」



(トントン ガチャ)「失礼します。お呼びだとか」



 ここでうちの社長、鴻上さんが入室した。内容を話し、長谷川氏の顔写真と名前を伝えてみた。



「……知らないですね。多分、お会いしたことないです」


「そんなはず……長谷川さんは、かなり顔が広いから業界内で知らない人はいないって言ってました」


「そうですかぁ……うちが知らないだけって可能性もないことはないけど……」



 鴻上さんは渋い顔をしていた。


 スタープロモーションは、福岡では大きい方の芸能事務所らしいので、その社長が知らないとなると長谷川氏が言ったことが嘘の可能性が高い。



「鴻上さん、自社のタレントさんと関係者なんかでこの顔の人に誘いを受けていないかヒアリングお願いします。そして、コンタクトを取っている人がいたら、長谷川氏に悟られない様に事務所に知らせるように伝えてください」


「わ、分かりました。この写真コピーをもらっても?」


「はい。大丈夫です。俺も何枚か写真を持っていると思います。それは後で渡します」



 鴻上社長は画像を持って行ってしまった。



「あの……長谷川さんが言っていることは嘘なんですか?」



 会議室で松田さんが不安そうに聞いてきた。



「これは、つい1年前の話だけど……」



 俺の知っている長谷川氏の話とスマホのオンラインストレージから見つけ出した「森羅」時代の長谷川氏の画像を見せて松田さんに事実だけを伝えた。


 彼女はテーブルの上で肩を落としていた。


 せっかく掴んだチャンスだと思っていたのかもしれない。


 それでも、彼女が福岡在住だったとして長谷川氏の言うパーティーに参加していたとしたら、彼女はどうなっていたのか……


 いや、既に何らかの被害に遭っている人もいるかもしれない。俺たちは、松田さんに鴻上社長にお願いしたことと同じことを頼んだ。


 長谷川氏からコンタクトがあっても安易に会わずに俺たちに連絡してくれるように。俺たちは、動かなければならなくなったのだった。

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