第143話:アイドルのたまごとは
「なあ、いっその事、この間の芸能事務所に登録してみるか? あれだけ集客できるなら何か仕事はあるだろ」
朝のリビングで朝食を食べながらエルフに聞いてみた。
「え?」
「最悪、『朝市』での仕事はある訳だし」
「ボクが芸能事務所……」
「今日会うのは、売れっ子のタレントの子と活動1年目の頑張り中の子の予定だ。とりあえず、一緒に会って話聞いてみるか?」
「……うん」
***
週末、事務所の売れっ子タレントと会うことになった。さやかさんと東ヶ崎さんに加え、エルフも連れて来た。
その子は22歳女性で、確かに地元のテレビ番組で見たことがあった。
喋りも、はきはきしていてニコニコしていた。社長の鴻上氏もべた褒めで、正直、俺達の出る幕はなさそうだった。
売れている子達に関しては、それだけでそこそこの収入を得ているようで、足りているかどうかは別として、アルバイト等はしていないのだという。
芸能事務所自体も経営状態は悪くなく、ここも俺達の出る幕はなさそう。
それどころか、独特の世界みたいで事情が分からない俺達が掻き回して良い事はなさそうだ。
コンサルの極意として、うまくいっている物は基本的に手を出さない。問題ないのだから、そのままが一番だ。
俺達が気になったのは、二人目。頑張り中のこの方だった。
「今日は、このために熊本から来てくれてます」
「ええ!? 熊本から!?」
熊本は、ここ福岡から100キロ以上離れている県。そこからわざわざ来てくれたのか。ちゃんと交通費と日当が出ているか後で確認しておこう。
「初めまして、松田茉優と申します」
広い会議室で彼女は礼儀正しく入ってきて、礼儀正しく挨拶をした。これが会社の入社試験か何かだったら満点を上げたいところだ。
ところが、彼女はタレント志望。正しすぎて印象に残らないのではないだろうか。こういうのはインタビューする側になって初めて気づくな。
芸能事務所の会議室で、こちらは4人で相手はタレントのたまごだ。緊張しないでという方が無理と言うもの。
「えーっと。今日は遠いところわざわざありがとうございます。最初に誤解がないように言っておきますけど、ここにいる高鳥さやかと、俺、狭間はこの芸能事務所のオーナーにはなったけど、内容には口を出さないつもりです。あなたと契約するなど有利に取り計らうことはできませんので、予めご理解ください」
「そう……なんですね。はい、分かりました」
口では理解してくれたように言っているけど、明らかにがっかりした様子が見て取れた。誤解させてしまって申し訳ない。
「それで、そのオーナーさんが私に聞きたいことって……」
戸惑い気味に松田さんが訊ねた。
「現在の活動についてと、今後どうしたしたいかの希望、そしてお金のことを含めて困っていることなどを教えてもらえたら」
「はいっ、まず現在の活動ですが、地元の熊本でモデルをしています」
はきはきと答え始めた。タレントのたまごとは言え、一般人とは明らかに違う。
「モデルって具体的には?」
俺が質問を付け加えた。
「撮影会に参加しています」
ああ、あの撮影会か。事務所の鴻上社長に話を聞いていてよかった。
「カメラマンさんからの依頼は多いですか?」
「1日1件か2件か……」
1人5000円と見ても、2人で1万円くらいか。収入というよりはお小遣いかな。
「収入は他には?」
「はい、地元のお料理教室で先生をしています」
彼女は社会人だったか。若く見えるから学生かと思った。
「有機野菜と化学調味料とか添加物を使わないお料理の教室です」
有機野菜の部分で俺のセンサーがピクリと反応したけど、現代において化学調味料と添加物を全く使わない食品を食べ続けるのは難しい。
「松田さんは日ごろからそのような料理を食べているんですか?」
「はい、添加物ゼロを目指した食事をしています。日常の料理風景も動画で公開してます」
彼女もまた動画配信者だったか。
「ちなみに、登録者数は?」
「12万人です」
俺は多いのか少ないのか分からなかったので、ちらりと横に座っているエルフの方を見た。
エルフはコクリと頷いて「多いです」と言った。多いらしい。
「ちなみに、動画配信での収入は?」
「月に動画再生数が500万回くらい超えるので、大体12万円です。」
「他に収入は」
「安定的なものはありません」
つまり、彼女は料理教室の先生で10万円、動画配信で12万円、モデルとして4~5万円くらい稼いでいるということか。
「年齢はおいくつでしたっけ?」
「22歳です」
年齢は1人目のタレントの人と同じか。それで月に26~28万円。収入的に良い様な悪い様な……
「悩みはないですか? 主に収入面で」
「収入はまずまずなんですが、有機野菜などの材料代がかなりかかっています。色々合わせると月に10万円くらいかかっていると思います」
動画の味噌の部分だから削るのは難しそうだ。
「あと、撮影会参加があるので、お料理教室のシフトとの取り合いが難しくて……」
「料理教室がある時に撮影会が入ったらどちらを優先してるんですか?」
「今は料理教室です。シフトが決まっている時は募集をしないようにはしているんですけど……」
そうなってくると、収入を考えても軸足は「お料理の先生」ってことになりそうだ。
「将来はどんなふうになりたいですか?」
「福岡でローカルアイドルになりたいです。そのために福岡に出て来たいと考えてます」
九州の場合、東京・大阪に行く人も多いけど、福岡を目指す人も少なくない。
「それは、福岡のテレビに出たいということですか?」
「そうですね、テレビに出られたら素敵ですけど、私だと年齢的にもう難しいかなって思っていて……」
あれ? 狙っているところがよく分からない。ローカルアイドルについては、事務所の鴻上社長に聞いたつもりだったけど……
「ごめんなさい、あなたの思う『ローカルアイドル』について説明してください。我々は別業界出身なので、できれば分かりやすく」
「はい。すいません。えーっと……」
顎に指を当てる仕草で松田さんがちょっと考えてしまった。難しい質問をしてしまっただろうか。
「『アイドル』って3種類あるって私は考えてます。御社みたいな芸能事務所に所属しているアイドルと、商工会とか商店街とか企業が公的な機関が企画するアイドル、そして、個人が企画したアイドル」
芸能事務所企画、公的な機関企画、個人企画……うちのアイドルたちは、株式会社スタープロモーションは芸能事務所企画アイドルという訳か。
それだと、松田さんみたいな人は個人になるのか?
「東京のテレビに出る様なアイドルとかタレントさんは普通に『アイドル』、『タレント』だと思ってます」
うん、そこは分かる。
「地域の番組に出たり、企業で仕事をしているのが『ローカルアイドル』とか『ローカルタレント』」
うん。そこも分かる。
「個人での企画がいわゆる『地下アイドル』みたいな感じで、動画配信とかで収入を得ていて、今は私はこれだと思っています」
なるほど。確かに、
「どこかの会社専属か企業の社員か、そんな感じでお料理をしていきたいです」
「それは料理教室の先生とは違いますか?」
「うーん、もっとたくさんの人に見てもらいたい。だから、ネットでもリアルでも活動したいんです」
なるほど、何となく見えてきた。アイドルやタレントを大きく分けて3つにしているのは分かりやすかった。
「あなたの目標を実現するために必要なものは何ですか?」
「御社に所属してそういったお料理のお仕事をいただくか、企業さんなんかとのコネクションとか……」
どうやったら手に入るか分からないようなものだなぁ。
「企業とのコネクションはどうやったらできると思いますか?」
「それが、先週くらいから動画の方にダイレクトメールが来て業界に強いコネクションを持っているプロデューサーという方がいて……」
なんだか怪しい話になって来たぞ!?
「今日は、その方をご存じか聞きたくてきました」
「どんな人ですか?」
「福岡のテレビ業界とか企業とかに精通していて、ちょくちょく福岡でパーティーをしているらしいです。そこに私も声をかけてくださって、各社の社長さんなんかと挨拶しておけば自然と仕事がもらえるのだと……福岡のタレントさんはそうやって仕事を取っているって……」
怪しさ満載だな。
「後で、
「あ、顔はズームの動画をキャプチャしました。名前は……」
そこで俺たちは驚愕の名前を聞くことになった。
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