第141話:「朝市」の新イベント2回目とは
「朝市」の新イベントも2回目となると少し心に余裕が生まれる。
昼ごはん時より少し早めの11時にイベントを始めると丁度よい。
俺達は、更に少し早めに行って準備を始めた。準備と言っても会場の設営などは、事前に領家くんがやってくれてて俺には手を出させてくれなかった。
「大丈夫です。雑用を狭間専務にやっていただく訳にはいきません! ここは僕らでやっておきますんで!」
こんな事を言われたら、手を出せない。現場仕事も好きなのに……でも、せっかく言ってくれているのでお任せしよう。
後でやってくれたスタッフを労うとするか。
控室では、光ちゃんとエルフが今日紹介するメニューについて打ち合わせをしていた。
一応、台本は作っているのだけど、前回はほとんど光ちゃんのアドリブだったので彼女のセンスと対応力は半端じやない。
ただの田舎のヤンキー上がりではないのだ。
「エルフちんエルフちん、今日はステーキかあるんスよー! いっぱい売れたらご褒美で私らにも焼いてくれるかもっス。頑張ろー」
「あ、はい。頑張ります」
野心に満ち溢れているけれど、喋りがゆっくりだし、語尾が伸びる傾向の彼女が言うと、なんだかぽわぽわしている感じに聞こえるから不思議だ。
「ところで、エルフちん、歳はいくつっスかー?」
「15歳です」
「ヤバっ! 若っ! どこ中っスかー? ん? 中学っスね?」
福岡の人間はよく中学を聞くけど、意味があるのか!?
「高校一年生です」
「そっかー。せんむーは、今度はロリ狙いかぁー」
何だか変な会話が聞こえてきたような気がするが、俺はスルーして同じ部屋で さやかさんに今日紹介するメニューを説明していた。
「1品目は、厚切りステーキです。この間のホテルのシェフの方がリベンジで、早く焼けるマシーンを導入しての再登場です」
「お肉って早く焼けるもんなんですか?」
「元々、これは低温調理されてるので、そのままでも食べられるんです。焼くのは焼き目を付けるだけです。やっぱり、ステーキって言えば焼き目ですから」
「見た目も大事ですね」
「今回は、鉄板を挟み込む様な調理器具を独自に作られたそうで、挟んで焼くから両面同時に焼くらしいです。ホットサンドメーカーみたいなやつでした」
「考えるもんですね」
「週末に対応できるか、まずは平日に試してみて、それから週末に挑戦するみたいです」
「なるほど。2品目は……お弁当ですか?」
試食のステーキの隣にはパックの弁当箱が置いてあった。
「そうなんです。その名も『JK弁当』です」
「JK?」
さやかさんがピクリと反応した。その、高校生を警戒するのをやめていただきたい。
「名前だけです。作っているのは農家さんの奥さん達で、高校生の娘と考えたそうで、その子が食べたいお弁当らしいです」
「へー、面白いですね」
「1個500円なんですが、低農薬野菜が使われていたり身体にいい材料らしいです」
「盲点でしたね。屋台と言えば、1品メニューばかりかと思ってましたけど、ちゃんと一食だし、ワンコインだし」
「そうなんです。農家さんも儲けるためにあの手この手を考えてます」
それでこの『朝市』がまた盛り上がるから、俺達としてもありがたい限りだ。
「最後は……タルトですか?」
「最後は、このタルトの上にアイスが乗るらしいです。試食は溶けてしまうので、下のタルトだけ持ってきました」
「タルト生地の上にアイス………何か名前が欲しいですね」
「さすが、分かってますね! 現状『アイスタルト』なんですが、良い名前を考えてもらってます」
ブランド化の第一歩は「名前を付ける」ってのは、もう さやかさんの中に根付いているみたいだ。
コンサルタントして頼もしい。
「さーて、オシゴトオシゴトっスよー」
光ちゃんが右肩を押さえながら右腕をぐるぐる回してステージに向かった。
その可愛い衣装には似合わない感じが面白かった。
「はいっ! よろしくお願いします!」
エルフも光ちゃんに付いていった。
*
「お昼前からお耳をハイシャクっすー♪」
(パチパチパチパチパチパチパチパチパチ)
光ちゃんがステージに立ったら、先日とはちょっと違う光景が……
ステージ前に100人くらい若い男性客が集まってる。
ちゃんと行儀よく座ってるし、光ちゃんが出てくるまで静かにしてたし、お行儀はいい。
ただ、平日の昼間はおじいちゃん、おばあちゃんのお客さんが多いので年齢層的に異質だった。
しかも、100人くらいいるので割と目立つ。ステージ前だけ週末の混雑している時みたいだ。
「今日も新メニュー紹介するっスー」
(わーーーーーーーー!)
何か、いきなり盛り上がってる。良い事だけど、何か違和感。
「狭間さん、何か変ですね。大丈夫でしょうか」
「……」
さやかさんが心配して言った。
俺達はステージ裏で待機中だ。何かあった時にすぐ対応できるようにしている。
「今日一品目は、ステーキっスよー! 肉ってだけでテンション爆あげっス。エルフちんー持って来てー」
「は、はい……」
エルフがステーキを皿載せた紙皿を両手で持ってステージに立った。
(どわーーーーーーーー!!!!!)
「エルフだ!」
「リアルエルフたん!」
「カワイーーー!」
何か一旦イベントの流れが止まるほど歓声が上がった。しかも、みんなエルフの写真を撮ってる。
「あ、あ、あー。ステージ前のおっきなお友達ー、撮影は困りますよー。今撮ったお友達は全員、後でステーキ食べてってねー」
「「「わはははは」」」
あ、うまい。光ちゃんが撮影隊を牽制しつつ、販売促進してる。
「じゃあ、うちらはこのステーキのおいしさを伝えるために、失礼して試食しまーす。エルフたんー切ってー」
「え!? は、はい! 切ります!」
そんな事を言われると思ってなかったらしい。台本になかったのかな?
俺がナイフとフォークをステージ裏から渡す。
フォークとナイフを受取り、慌てたエルフが紙皿を机の上に置き切る。
立ったまま切ったからか、力が入りすぎたのか、紙皿まで切れて肉汁やソースが机の上に溢れ始めた。
「うわっ! わわわ!」
それを見た光ちゃんがすぐにエルフに近づく。
「皿ごと切れちゃってるっスねー! このナイフの切れ味! このナイフ、売店で売ってるっスかー? ……ない? ないの? めっちゃ切れるっスね!」
光ちゃんが見えないスタッフとやり取りをしているように話す。あれはきっとアドリブだ。
「肝心の肉は……やらかっ! パないっスねー!」
既に会場の意識は肉に移っている。ナイス!光ちゃん!
「うーまー! 私ちょっと食べてるから、エルフたん肉をどんどん切ってー」
「「「わははははー」」」
光ちゃんが肉を食べて感想を言っている間に、俺がステージに上がって、紙皿を入れ替えたり、テーブルの上を拭いたりした。
光ちゃんはこの間に、ステーキの特徴やシェフの紹介まで話を盛り込んだ。やっぱ、この子すごいな。
俺は、黒子のように、すっと出て、すっとはけた。それを横目で見ていたのだろう、光ちゃんがエルフに話を振り始めた。
「エルフたんー。切れたっスかー? 次、ちょーだいー。あーーーーーん」
光ちゃんが口を開けたので、慌ててエルフが皿ごと持って光ちゃんの近くによった。そして、一口大に切られた肉をフォークで刺すと光ちゃんの口に放り込んだ。
「うまうまー! このステーキは屋台2番ので食べられるっスー」
ステージ上の女の子二人が集まっているので、カメラも自然と二人をアップで写すし、ステーキも大きな画面にしっかり映されていた。
一品目の紹介は成功だ。完璧だろう。
「次は……けしからん名前の弁当っスねー。JK弁当の登場ッスー」
エルフが蓋を開けて中身をカメラに見えやすくした。
「エルフたん、エルフたんはJKっスかー?」
「ジェッ、JKです」
今時の子は自分のことJKとか言わないんだろうな。エルフのやつ、空気を読んで光ちゃんに話を合わせたな。
「じゃあ、これはエルフたんのお弁当ってことで。カメラに向かって『食べて』って言ってみてっスー」
ちょっと躊躇しながらも、カメラが近づいて来るのを確認するとエルフがカメラ目線で言った。
「お弁当食べてください」
「「「うおーーーーー!!!」」」
ステージ前のおっきなお友達が大興奮。
「JK弁当は4番の屋台っス。400円安くないっか!? ヤバッ!」
ここまで紹介した時点で、何人かは屋台に買いにいったみたいだ。
まだ、商品の説明もたいしてしてないのに……光ちゃんのMCの販売促進力は普通じゃないな。
この後も、新商品紹介をしていったが、軒並み完売となりオーナーさん達からは、光ちゃんとエルフがお礼を言われていた。
光ちゃんは、控室でちゃっかりステーキを食べさせてもらっていた。
「ところで、エルフ、なんかいっぱいエルフのファンみたいな人がいたけど?」
気になっていたので聞いてみた。
「ボク知らない。こっちに友達とかいないし」
「そっか。何かやたら名前呼ばれてたろ?」
エルフの見た目からだろうか。小柄で金髪幼女の見た目なのでみんなエルフだと思うのだろうか。
名前もエルフって紹介してるし……
この理由が分かったのは、家に帰ってからの話だった。
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