第138話:芸能事務所の帰りとは
「エルフ、何かあったのか?」
芸能事務所に話を聞きに行って帰りにエルフに聞いた。元気がないというか、静かだった。
「……別に」
『朝市』でのイベント動画がネットにアップされていたからショックを受けているのかもしれない。
「大丈夫か?」
「うん……」
俺が聞いても何も答えてくれなさそうだ。後で東ヶ崎さんに訊いてもらうか。
「さやかさんはどうでしたか? 芸能事務所」
「華やかな世界みたいで良かったんですが、お話を聞くと売れなかった子達が心配で……」
「あ、俺もそこが気になりました」
今日の社長の話だと、30歳くらいで職務経験もなく、特別な能力も経験も無くて業界を離れるんだ。その後どうなるのか……
「芸能事務所に所属している子たちに話を聞きたいとは思いますけど、プランニングとマネタイズが足りてないと思いますから、何か提案したいですね」
「プランニングか……」
「あ、あの……」
「どうした?」
珍しくエルフが話に入ってきた。
「さやか様が言っていた『プランニング』と『マネタイズ』ってなんですか?」
「この場合のプランニングというのは計画性のことです。『頑張っていつかアイドルになれたらいいなぁ』という心持ちだと、どれぐらいの頑張りが必要か分かりません」
さやかさんが噛み砕いて説明し始めた。
「はい……」
「すぐに実現できる目標ではないでしょうから、モチベーションの維持も難しいと思います。ゼロか100かではなく、その間にマイルストーン……中間的な目標をいくつか設定しておいて、少しずつ達成していくようにしないと続かないでしょう」
「たしかに……」
エルフは何か思い当たるところがあったのか、さやかさんの話に聞き入っていた。
「あとは、マネタイズは……収益方法です。時間が取れないのにアルバイトはしなくちゃ生活できないという矛盾を解消しないと、『楽してお金を稼ぐ』とか『早くお金を稼ぐ』という発想になりがちで危ない仕事に手を出しそうです」
「……はい」
エルフがなんか小さくなってないか? これは一応聞いてみるか。
「お前も何かやってるのか?」
「実は、ボク……半年くらい前からVチューバ―やってて……でも、全然お金を稼ぐところまで行けてなくて……」
そんな事やってたのか。
「ボク、今日の話聞いてなんでVチューバ―になりたかったのか考えちゃって……」
「どういうことだ?」
「お金を稼ぎたかったのか、人気者になりたかったのか……それとも……」
しょぼんとしたエルフに少し笑いが出てしまた。
「純粋に1つの理由だけで動いているヤツなんていないだろ」
「……それでいいのかな?」
Vチューバ―をやってるってことは、芸能関係に興味がない訳でもないのか? 結局、彼女を理解するには福岡に来る前の彼女の問題を知るしかないらしい。
悩みごとと言えば……
「東ヶ崎さん、行って欲しいところがあります」
「はい。……私、小銭持っています」
ああ……言わなくても分かってしまうって、ある意味恐ろしい
俺が悩みごとを考えたりする場所は決まっている。愛宕神社ってね。
そして、その境内にはハトが大量にいる。そのハト用のエサが売られているのだ。東ヶ崎さんが言っている「小銭」とはそのエサ代のこと。
「お願いします」
「承知しました」
「?」
*
「ここは?」
エルフがきょとーんとしていた。
悩みごとがあるときには神社へ。そんな変なルールも慣習も普通はない。
これは俺オリジネルの悩み方。悩み方に種類があるかは分からないが、部屋で陰陰滅滅として考えるより良い考えが浮かぶと思っている。
「さやか様とお姉様楽しそう……」
あの二人は例によってハトと戯れている。ここだとエサをくれる人にはもれなく集まってくるのだが、一際好かれてるよな。
その状況でハトと戯れないということは、心に何か悩みを抱えているんだろう。
小高い丘の上にある愛宕神社。境内からは福岡市内が一望できる。
風が通るとエルフの金髪の毛先が遊ぶ。光に照らされて、それは素直にきれいだと思った。
「学校で何かあったか?」
「……」
「お兄さんに話してみ?」
「狭間さんじゃ解決できないよ。狭間さんは何でも上手くやるから、ボクみたいに拗らせないし」
「解決は……無理かもな。でも、話は聞けるし、一緒に考えられる。解決できないときは……一緒に逃げてやる」
俺は冗談込みでニヤリとして見せた。エルフの目は半眼じと目だったので、あまり信じてくれはしなかったようだ。
「…逃げてもボクは自立できないよ? まだ高校生だし」
「お前一人くらい面倒みてやる。それに、お前には、俺だけじゃなくて、さやかさんも東ヶ崎さんも付いてるだろ?」
「……うん」
少しでも安心してくれたらいいんだけどな。
「ホントにつまんないよ? つまんないし、どうしょうもないけどいいの?」
「いいって。つなんない悩みとかないから。どうでもよくないから悩んでんだろ?」
「うん……」
エルフは重い口を少しずつ開いていった。
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