第137話:福岡の芸能事務所とは


「ようこそー。高鳥オーナー」


「よろしくお願いします」


「お願いしますー」



 今日は、予てから話があった福岡の芸能事務所、株式会社スタープロモーションに来ていた。


 福岡の芸能事務所は特定の場所に集まっている訳ではないらしい。他社も調べてみたけど、天神を中心にその近くの大名にいくつかあるみたい。


 それ以外は、薬院、唐人町、綱場町、白金、赤坂、東那珂……要するにバラバラだった。


 このスタープロモーションは天神にあるので、家賃も高いだろうに、それを維持できるだけでも割と大きい方かもしれない。


 とりあえず、社長の鴻上さんと挨拶を交した。


 応接室に通された。相手は鴻上社長だけ。こちらは、さやかさん、東ヶ崎さん、エルフ、俺とぞろぞろやってきてしまった。



「すいません、ぞろぞろと」


「いえいえいえ! どーもどーもどーも、興味持っていただけて嬉しいです!」



 鴻上社長は揉み手でも始めそうな程、腰が低い。



「狭間です。よろしくお願いします」


「鴻上ですー。よろしくお願いしますー」



 鴻上さんは名刺交換も円滑で慣れている感じ、必ずこちらの名刺の下に出すあたりいつもこんな感じで腰が低く対応しているのだろう。


 東ヶ崎さんとも名刺交換を終えたあと、「あれっ!?」と言って鴻上さんが固まった。


 エルフの金髪が効いたのか!? 芸能関係ならこれくらいたくさん見てそうなもんだけどな。とりあえず、紹介しとくか。



「こちらは、九重エルフです。今日は営業同行させて頂いてます」


「エルフ!」



 鴻上さんがビックリしてた。まあ、見た目もエルフで名前もエルフだからな。ネタと思われないか不安だよ。



「ここ数日話題のエルフちゃんですか!?」



 何を言い出したんだこの社長は!? やっぱり芸能関係の人とカタギの人では会話も成り立たないのか!?



「えーっと、どういうことでしょうか?」



 さやかさんが笑顔で対応した。



「ちょちょちょーーーーーっっとお待ちくださいねーーーーー!」



 そう言って鴻上社長が自分の机に急ぎ向かい、机の上からタブレットを持ってきた。



「ちょーーーーーっとだけ……ちょっとだけお待ちくださいねぇーーー」



 待たせないための策なのか、社長は話しながらタブレット端末を操作しているようだ。



「これです! これ!」



 そう言われてみんなで画面を見た。



『コーンスープは6番の屋台で買えまーす』



 そこには、先日の『屋台』でのイベントの光景が流されていた。



「これは?」


「本物エルフ降臨ったいまネットで話題なんです! この子、エルフちゃんがこの子ですよね!?」



 みんなが一斉にエルフを見た。



「あうっ、えっ、えっと………」



 思い切り挙動不審だ。こりゃあ、「そうです」と言っているようなもの。



「オーナーは、いきなりいま話題の子を連れてくるなんて、お聞きしていた以上に芸能関係に明るくて、優秀でいらっしゃいますねー!」


「はぁ、ありがとうございます」



 さやかさんが訳も分からないままお礼を言った。



「あの、お話を整理するとこの子をうちで面倒見てもいい、ということでしょうか?」


「あ、いえいえ。この子は単なる営業同行です。今日は福岡の芸能事情とこの会社の現状をお聞きしに伺いました」



 さやかさんが話を進めてくれた。こういう場合は、色々な人がしゃべるのではなく一人が喋った方が話が進みやすい。


 そう言った意味では、東ヶ崎さんはこんな時に話しに割り込むことはほとんどない。やっぱり彼女は優秀だ。



「そのー……あとで、エルフさんともお話させてい頂いても……」



 鴻上さんはエルフが気になるらしい。


 エルフの方を見ると、固まった首をふるふると左右に振っていた。



「俺が一緒でよければお話聞きます」


「ありがとうございます! それでは、簡単に福岡の芸能事情から……」



 *



 簡単に福岡の芸能事情を聴いていたら、それだけで1時間以上かかってしまった。


 簡単に掻い摘んでまとめると、福岡の芸能事情は東京とは違って全国放送のテレビに出て活躍するというのはごく一部らしい。


 ほとんどが地元の放送局のテレビ番組に出たり、CMの出演だったりとのこと。


 福岡はまたテレビ事情が特殊で、地元の放送局が独自に作る番組の数が多いのだとか。ゴールデンタイムと呼ばれる視聴者が多い時間でもローカル番組を放送している事すらある。


 そう言う意味では、枠は他の地方に比べてあるらしい。


 それでも、タレント志望や芸能人志望の子は多いので狭き門は変わりがない。


 そして、ほとんどの芸能事務所が数年前から流行りになっているローカルアイドルを手掛けているらしい。


 ちなみに、スタープロモーションではお笑いなどは扱っていないらしい。アイドルとタレントのみ。



 *



 色々聞きたいと思っていたので、好奇心から質問してみた。



「この事務所では、何人くらいタレントさんを抱えているんですか?」


「契約しているのは約300名ですが、その前の段階の状態の子たちが1000名以上います」


「へー、多いんですね。その内、活躍しているのってどれくらいいるんですか?」


「テレビでレギュラーを持っているのが2人、番組やCMに出たことがあるのを合わせても30から50人くらいでしょうか……」


「中々、厳しい世界ですね」


「まあ、なりたいと思ってもなれるもんじゃありませんから」



 鴻上氏は、少し苦笑いしながら答えてくれた。この辺りに少し気になることがあった。



「売れなかった子たちは何歳くらいまで続けるんですか?」


「まあ、色々ですが、20代中盤か……30歳になるのを境にする子も多いですね」


「その子たちが、その後どうなっているかは……?」


「分かりません。女の子は結婚したり、フリーターを続けたり……」


「続けたりってことは、バイトしている子も多いってことですか?」


「多いって言うか、ほとんどですね。芸能関係の収入だけで食べていけてる子は極ごく一部だけです。普通はバイトして生活費を捻出しているので、収入ベースで言ってしまったらほとんどがフリーターです」


「なるほど……普通の仕事は無理なんですか?」


「活動は平日もありますし、ヴォイストレーニング、ボイトレしたり、ダンスのトレーニングしたり、オーディションに出たり……急に呼ばれることもあるので普通の仕事では対抗しきれないことが多いようです」



 バイトもままならないのに収入を得ながらトレーニングをしてアイドルを目指すって……思ったよりハードだな。



「アルバイトでも急に休むことがあるので、理解してもらえる職場は少ないようで……」



 中々に厳しいみたいだ。



「テレビに出ている子たちは『芸能人』で分かるんですが、トレーニングをしてオーディションに出ているような子たちは芸能活動的なことは何かできているんですか?」


「そうですね、ライブとか撮影会などがあります」


「撮影会!」


「はい、カメラマンさんからの依頼で出向いて行ってモデルをします」


「そんなのもあるんですね! それこそカメラマンもそんなに多くないんじゃないですか?」


「カメラマンさんは、もちろんプロもいますが、素人の方も多くてスマホで撮影とかもあり得るんです」



 それは本当に撮影会なのか……? なんか思ったのと違った。



「移動だけでも大変そうですね」


「そうですね。だから、決まった日を『撮影会の日』にして、カメラマンさんに来ていただいて撮影会をすることもあります。人気の子は満員になることもあります」


「満員? 撮影で満員とは⁉」


「ああ、撮影会は基本的にモデルとカメラマンさんが1対1でやります。時間は50分から1時間くらい。それが終わったら、次のカメラマンさんに交代していただいて……という具合です」



 なんかまた思った「撮影会」とは違った。



「それ危なくないんですか?」


「もちろん、マネージャーが同行します」


「あ、そういった子達でもマネージャーさんが付くんですね」


「はい、もちろんです」



 ちょっと待て。モデルにマネージャーにカメラマン……



「その撮影会の費用っていくらくらいですか? カメラマンさんが払う参加料的なやつ」


「そうですね。相場は1時間1万円くらいでしょうか。もちろん、写真集を出したいなどのお話の場合は、別料金ですが、個人カメラマンの参加費はそれくらいです」


「モデルの子の取り分って……?」


「半分の5,000円くらいですね。人によって契約内容が違いますけど」



 残りは、会社の取り分……と。


 売れないモデルは1件しか申し込みがないとしたら、1時間撮影して5,000円だけもらって帰る感じか。安定していないだろうし、移動時間も考えたら割がいい仕事とは言えないな。


 俺達は、後日所属タレントやタレントのたまごと話ができるよう取り繋いでもらってこの日のヒアリングを終えた。



 *



「ありがとうございました」


「いえいえー、それよりもそちらの……」


「あ、エルフですか? エルフが何か?」



 引き続き応接室での話だが、メインの話は終わったので、みんな一息ついて肩の力が抜けている感じ。



「いやー、ここ数日ネット界で話題になっている子ですよね?」


「そうなのか?」



 鴻上氏が前のめりで質問して来たけど、エルフの反応はあまり良くない。俺が質問しても下を向いてYESともNOとも言わない感じ。


 何か言いにくいことがあるのだろうか。



「この動画が福岡で撮影されたってことを聞いて、気になっていたんですが、どこのイベントなのかも分からないしそこで話が止まってたんです」



 鴻上氏が、さっきのタブレットを取り出して教えてくれた。



「その動画は、うちの店『朝市』でのイベントでの動画みたいです。俺たちは撮影していないので、お客さんたちの誰かが撮影してアップしたんでしょうね」



 そんなに話題になってしまうのならば、トラブル防止のためにも次回以降のイベントは撮影禁止を言うようにするべきだろうか……



「素晴らしい! よかったらうちの事務所に登録しませんか⁉ トレーニングしたらテレビで活躍できる売れっ子になれるかもしれないです!」



 すごい高評価?


 エルフの方を見たら……うわー……めっちゃ嫌そうな顔……


 この日は保留にして、事務所を後にしたのだった。



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