第135話:指輪が買える場所とは


「何でも天神てんじんに行けばいいという訳ではないんですね」


「私も何となく天神なら、と思ってました」



 さやかさんと東ヶ崎さんを連れて天神に出てきた。「天神」は福岡で一番の繁華街。ここに来ればブランドものの服だろうが、消しゴムだろうが何でも手に入る。


 ところが、婚約指輪を見ようと思ったら意外と店がないことに気がついた。俺とさやかさんは、天神のど真ん中、警固公園で次に行く店について話すことにした。


 「婚約指輪と言えばデパート」みたいなノリで天神に来たのだけど、デパートに指輪のお店が少ないことに気づいた。



「今だと、デパートよりも路面店の方がお店が多いかもしれませんね」



 東ヶ崎さんのアドバイスだった。



「路面店って?」


「デパートは、ビル内にお店があります。デパートはステータスもあるんですが、家賃が年々上がっていてお店を維持し続けているのは難しくなっています」


「なるほど」



 そう言われれば、デパート内に宝石店がないことはなかったけど、狭い店内でたくさんある中から選ぶという感じじゃなかった。ブライダル系じゃない宝石の方が多いので、婚約指輪限定で見ると1点か2点しかなない。


 それではつまらないので、決められないでいたのだ。



「一方で、路面店は通り沿いに建てられた建物で営業しているお店です。具体的には渡辺通りから1本、2本道を外した天神西通りの方が多いと思います」



 天神のメインストリートは「渡辺通り」。そこから大きな通り2本外したのが「天神西通り」だ。西通りには確かに道に面した店がたくさんある。



「よく知ってましたね、東ヶ崎さん」


「グループで不動産も扱っているので大名だいみょうについて基本的な情報くらいは入ってきているので……」



 大名は、東京で言えば原宿だろうか。天神が渋谷かなぁ……もちろん、規模は全然違うけど。



「どんな情報ですか?」


「数年前から、テナントは家賃の関係でデパートを出て、路面店に移動しました。その頃から、需要が『モノ』から『コト』に変わってきていますね」


「モノ? コト?」



 また新しい言葉が出てきた。慣れている天神で俺の知らないことが色々起きているようだ。



「少し前まで、人は何か『物』を買っていました。例えば、家電とかスマホとか」


「そうですね」



 それは今も変わらないと思うけど……



「最近では、『体験』できるお店が中心です。同じスマホでも、ほとんどネットで買うので、実際に機種を触って確かめるためのお店だったり、エステとか、コスメでも無料でネイルをやってくれるお店とか、試供品がたくさん試せるお店みたいな『体験型』が『コト』です」


「なるほどー! 確かに! 俺もスマホを買うのは通販です!」



 さすが東ヶ崎さん、何でも知ってる! 俺はすごく納得した。



「でも、それだと、大名でも指輪のお店は少ないのでは?」



 さやかさんが言うのもその通り。



「ブライダル関係は今の世の中でも大きなお金が動く貴重な分野です。『指輪』と小さな括りではなく、『ブライダル関係』として宝石から式場選びまでできるお店がありますね」


「そう言うことですか」



 そう言えば、結婚情報誌が運営しているようなお店が出ていたな。



「それでも、店舗面積は狭くて運営できるお店じゃないと維持が難しくて、大きな箱だと何年も空きテナントになっています。あ、『箱』とは店舗のことを言います」


「例えば、居酒屋さんとかですか?」


「その通りです。理解が早いですね。さすがです、狭間さん」


「東ヶ崎さんこそ、よくそれだけ色々知ってますね!」


「グループ内で情報を共有していますから」



 いやいやいや、24時間さやかさんの近くにいるのに、いつ情報交換してるの⁉ 東ヶ崎さんが教えてくれた情報は、福岡に住んでいても気づかないことばかりだった。本当に不動産関係からの情報だろう。


 侮れないな、チルドレン……



「では、ブライダルショップに行ってみますか」


「そうですね。そのお店になくても取り扱いのあるお店を紹介してもらえるかもしれませんね」


「確かに」



 宝石や指輪はまだネットで買うというのは俺にはちょっと抵抗があった。デザインも選びたいし、何より さやかさんに似合うかどうか見てから決めたい。


 そういう意味では、ネットで売りやすい商品と、売れにくい商品があるということか。


 俺達が扱う商品として、「野菜」はネットで売るには安すぎる。送料のことを考えたらある程度の量を買ってもらう必要があるし、単価が高い必要がある……例えば有機野菜みたいに手に入りにくいもの。


 何となく思いつきそうなことがあったけど、今はちょっと思いつけなかった。指輪の方が気になっていたからだろう。



「好きなデザインの物があればいいですけどね」


「そうですね」



 俺達は、天神から大名に移動して指輪を探すことにした。

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