第129話:エルフの変化とは
今朝もエルフがテーブルにコーヒーを運んできてくれた。めっちゃくちゃ不機嫌そうな顔。こんな感じなら自分で取りに行きたいけど、さやかさんもテーブルについてるし、俺も椅子に座って待っている。
ああ、精神的にしんどい1日が始まる……東ヶ崎さんが俺に何を期待しているのかいまいち分からないし。うーん、今日にでも聞いてみるか。
(コトリ)
テーブルの俺の前にコーヒーが置かれた。エルフだ。
「サンキュ」
お礼は言うよ? 持ってきてくれてるし。
「いいえ」
ん? なんか昨日と反応が違う? 昨日とか「ちっ」って舌打ちしたよね!?
エルフがコーヒーを置くと、座っている俺の横でこちらを向いて立っていた。どうした?
「おはようございます。さやか様、狭間さん」
エルフが深々と頭を下げて俺に挨拶した。「狭間さん」!? 初めて俺の名前呼んだんじゃないかな!?
「おはよう……ございます」
挨拶をしたら、そのままキッチンに戻ってしまった。次は朝食を運んでくれるのだろうか。
「狭間さん! 昨日エルフちゃんと何かあったんですか!? 何したんですか!?」
ぼーっとエルフが去って行くのを見つめていたら、さやかさんが横から腕を組んできた。
「いやいやいや、何にもないですよ。『森羅』から戻ってきた後は夕飯の時に一緒だった以外は話もしてないですし……」
「それであんなに変わらないです! 狭間さんが何かしたに違いありません!」
身体を揺さぶってくるさやかさん。いや、ホントに身に覚えがないんだって……
「今朝はご飯とお味噌汁と、焼き魚です」
「お、おう。ありがと……」
そう言って、お盆に器を載せてエルフが持って来てくれた。
さやかさんが半眼でジト見してくるんだけど……
「東ヶ崎さん、何なんですか? あれ」
「エルフちゃんのことですか?」
「もちろんです」
「私は特に何も言っていませんよ? 彼女が狭間さんを見て何か思うところがあったんじゃないですか?」
何だろ? 気持ち悪いんだけど……
*
「狭間さん、申し訳ありませんが、今日もエルフちゃんをお願いします」
「あ、はい……」
今日も東ヶ崎さんにお願いされてしまった。東ヶ崎さんのお願いを断れるはずがない。
正直、あまり気乗りしないけれど……
「おいしい夕ご飯をお作りして待ってますので」
「はい! 分かりました!」
東ヶ崎さんにそんな風に言われたらしょうがない。
さやかさんがほっぺたをリスか何かの様に膨らせていたので、両方の人差し指でむにむにと触って楽しんでいた。
「狭間さん、段々と私の扱いが酷くなっていきます」
(むにむに)「そんなことないですよ? 愛情表現です」
「こんな愛情表現、聞いたことがありません」
(むにむに)「俺の最大級の愛情表現です」
「むうーーーーー」
膨れた頬はそのままに、俺の胸に倒れ掛かってきた。せっかくなので、頭をなでなでしていると……
「がうー!」
「いたっ!」
さやかさんに胸を噛みつかれてしまった。本気で噛まれた訳じゃないけど、驚いた。
「今日も大学行ってきます。週末は絶対デートですからね! 時間空けておいてくださいね!」
さやかさんが人差し指を立てて何度も念を押すように言ってから大学に行ってしまった。
斬新なやきもちの妬き方だ。ああ、でも可愛いなぁ……
「狭間さん、お顔がだらしないですよ?」
「お、おっと。すまん」
エルフに言われて慌てて佇まいを直す。
東ヶ崎さんも さやかさんと行ってしまったし、俺とエルフだけになってしまった。一段と気まずい雰囲気。
「お前、なんだよ、急に『狭間さん』とか呼んで……」
「いいだろ、別に」
「いや、いいけどさ」
「ふんっ」
そっぽ向きやがった。まあ、こっちの方がエルフらしい。
*
いつものようにエルフを車に乗せて、今日は鏑木総料理長のところに行くことになっている。「朝市」の「屋台」の件で打ち合わせだ。
「今日は、どこに行くの? ……行くんですか?」
「別に、普通にしゃべっていいぞ。普段、さやかさんとか東ヶ崎さんの前だとちゃんとしてないといけないだろ? ずっとだと息詰まるし」
「……」
まあ、どっちでもいいけどな。
前回の料理勝負以来、ホテル内に「屋台」として出店したいという料理人の人が増えた。
いきなり始めても大変なので、事前に注意点などをまとめてレクチャーしたり、個別相談を受けてメニューを一緒に考えたり、価格を考えたり、やることは結構色々ある。
最初は、ぽわぽわしたものに目鼻立ちをしっかりさせて形にしていく作業は「ものを作っている感じ」がしてとても楽しいし、やりがいがある。
それだけに、スタート時点は海の物とも山の物ともつかないものだってあるので、目的やテーマから決めていく必要がある。
お金を稼ぎたいのか、より多くの人に自分の料理を食べて欲しいのか、お客さんの反応が見たかったり、腕試しだったり……もちろん、ほとんどが、複数の目的があるので、その割合を明確にして、その人に合った「出店」を考える感じだ。
*
「なんだ、狭間専務もうこんな大きな子供ができたのか!」
「勘弁してくださいよ、鏑木総料理長!」
厨房で、エルフを見て開口一番、鏑木総料理長に真顔で言われた。連れてくるのが厨房だったので、白いブラウスに紺のスラックスを準備したのだけど、何となく高校の制服(男子用)に見えなくもない感じ。長い髪は後ろで1つ縛っている。
「いやー、他所のうちの子は成長が早いからな」
「俺、まだ結婚もしてませんから……」
しかも、エルフは金髪だし。
「この間の美人女子大生社長はどうした? 振られたのか?」
「お陰様で順調です」
「お前、逃がすなよー? あんな美人はもう二度と現れないぞ!」
「はい……じゃなくて! 今日は相談会で伺いました! ちなみに、こいつは営業同行です」
「……こ、九重エルフです。よろしくお願いします」
エルフがぺこりと頭を下げて挨拶した。
「……可愛いなこの子。いくつだ?」
「15歳です」
「そうかそうか。狭間専務が仕事してる間、こっちでプリン食べるか?」
「はい!」
元気よく返事しちゃったよ……
「まあ、大人の話聞いてもつまらんよな。そっちの椅子に座ってゆっくり食べろ」
「はーい」
なんだよ、大人しく厨房の一角で椅子に座ってプリンを食べ始めたし……
まあ、いいか。俺は休憩室に行って、料理人の5人に「屋台」の内容を説明して質問に答えていく。
5人は厨房を抜けてきた人。これが終わったら、次の5人……みたいに説明していく感じだ。
*
ボク、九重エルフは目の前のプリンに驚いていた。
プリンと言いながら、フルーツも載っているし、生クリームも載っている。これはぜひ、夜の配信でみんなに見せたい。
「あの……料理長さん、これ写真撮ってもいいですか?」
「ああ、いいぞ」
「動画で紹介してもいいですか?」
「まあ、これは商品じゃないからホテルの名前を出さなければ別に構わないよ」
「ありがとうございます」
(パシャ、パシャ)
どの角度から撮っても可愛い。どの角度から見てもおいしそう。
「いただきます」
「ああ、どうぞ」
一口プリンから食べるとまた驚いた。味がすごく濃厚だった。3個100円のスーパーのプリンとは全然違う!
「気に入ったか。そりゃよかった」
「ありがとう……ございます」
「食べながらでいいんだけどよ、お前さんはなんであの狭間専務のことを苦手だと思ってるんだ?」
「!」
「あ、間違いだったか?」
「いえ……間違いじゃないです」
この料理長さん凄い。何も言ってないのにそんなことまで分かるなんて……
「あいつは、誰からも好かれるだろ?」
「はい……」
「それが気に入らないのか?」
「はい……多分」
「俺は料理人だから、おべっか使うようなヤツは好きじゃない。あいつは自分の『役割』をちゃんと理解してる。だから好きだ」
「役割?」
「この厨房での主役は料理人だ。あいつはこれまでいい野菜を持ってくるのが役割だった。主役のために脇役を買って出てたわけだ」
「……」
「最近じゃ、ここの料理人のやる気まで出させやがって、俺の仕事をどんどん忙しくさせやがる」
「ふふふ……料理長は、狭間さんが好きなんですね」
「まぁ…まあな。あいつには絶対言うなよ! あとでクッキーもやるから!」
「はい」
役割……ボクの役割はなんだろう?
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます