第127話:人を許すということは


「狭間さん、今日は『森羅』ですね。引き続き、エルフちゃんをよろしくお願いいたします」


「はい……どんなものを見せた方がいいとかありますか?」


「いえ、いつも通りの狭間さんで十分です」



 朝の高鳥家のリビングでの会話。東ヶ崎さんが朝食準備しながら言った。「いつも通り」って何を見せたらいいのか……


 俺とさやかさんの席には、エルフが料理の器を運んできてくれている。



「ありがとう。エルフちゃん」


「いっ、いえ、そんな、お礼なんて……えへ、えへ、えへ……」



 エルフが真っ赤になってテレまくっている。ホントにさやかさんのこと大好きだな!



「ほらよ」



 エルフは俺のところにも器を運んできた。東ヶ崎さんに言われてるんだろうなぁ。全然態度が違うし……



「サンキューな」


「ふんっ」



 ホントに俺のこと嫌いなのな!


 今日も、この調子で始まるのだった。



 ***



「お疲れ様です。狭間専務」


「お疲れ様です。山本部長」



 株式会社森羅万象青果の会議室だ。一応、エルフも同行している。本来なら社内会議だから外部の人間は入れないけど、東ヶ崎さんのお願いだからなぁ……



「そちらは?」


「こいつは、えーーっと、見習い同行の九重エルフです」


「……九重エルフです。よろしくお願いいたします」



 エルフが座ったまま頭を下げる。こいつ、俺以外にはちゃんと頭を下げられるんだよなぁ。



「あら、狭間専務と一緒なんて羨ましい。うちの若い子を連れて行って教育してほしいくらいなんだけど……」


「勘弁してください。現役に勝てるほど俺はすごくありませんから」


「つい先日、一人ですごい量の受注持って来たくせに」


「あれは、たまたまです。狙って動けませんから」


「うちのメンバーは狙って動いてもあそこまでの数字はまだなんだけど……」


「ははは……」



 持ち上げてくれたということだよね。



「今日は、ホテルからの情報取りの進捗を確認しておこうと思いまして」



 今日の俺の訪問目的を明確に告げる。一応事前には伝えていたのだけど。



「そうですね、今月までで私と狭間専務で福岡市内中のホテルへのあいさつ回りが終わった形ですね」


「それで、ホテルからの受注具合はどうでしょう? 数字に変化出てますか?」


「はい、前年比で約12%の伸びです」


「連絡先の確保は絶対必要ですからね」


「その点は私が受注窓口になってます。連絡先のフリーダイヤルを名刺に入れて渡しているのと、ステッカーを作って各所に貼らせてもらっています」


「あ、でも全部取るつもりではいかないようにしましょう」


「取らないんですか?」


「他社もありますから。仲卸は持ちつ持たれつです。他社が取って、うちが協力することもありますが、金額的に厳しくなってます。他社は他社で取ってもらっていいと思います」


「はあ……」


「その代わり、『朝市』の存在感を高めておきますので、足りない分はそっちで仕入れてもらいましょう」


「なるほど、そちらで。では、やっぱり、森羅としても全部取る勢いで行きたいと思います」


「はい、部長期待してます」



 資料とか見ながらの会議だったし、内容的にエルフは退屈だったかな?



「裕子さん、プライベートなことで恐縮ですが、野村さんとはその後……?」



 気になるところだよな。元カレとしてじゃないよ? 同じ会社の人間として! あ、それだとセクハラかも……いいです、元カレとしてで……



「お陰様で順調です」


「それは良かった」



 やっぱり気になるからね。



「野村さんの家は一軒家で今、お子さんと3人で住まれてるから、引っ越してこないかって話もあって……ただ、今よりも会社に遠くなるからどうしようかと……」



 ああ、ノロケ話が始まってしまった……でも、順調そうでなによりだ。会社の数字も安定して上向いているし、これなら裕子さんが社長になる日もそんなに遠くないだろう。


 そうなると、現在の部長の仕事をする後任の人が必要になる。あとで、後任育成の話もするか。



「その……専務の方は、その後 営業の人間とはどうですか?」


「あぁ、もうなんでもありませんよ。少なくとも俺の方は」


「そうですか。よかった」


「たまに連絡取り合って昼ご飯一緒に食べたりしてますし」


「そこまでですか! それでも、私は狭間くんをクビにしてますからね……」


「それこそ気にしていませんよ。あの時は、みんな普通じゃなかった……」


「……すごいですね、狭間くんは。私まで許せてしまうんですか?」



 少し上目遣いの山本部長。この顔はプライベート。ここは「裕子さん」と呼ぶべきか。



「許すって、相手を認めるってことじゃないですかね? 今考えると、裕子さんが俺をクビにするか……そう考えたら、普通じゃなかったというか……」


「やっぱり、狭間くんと高鳥社長だからこの会社を救えたのね。あの時の私には全然周りが見えていなかったというか……」


「……」


「あ、そうだ。中野くんが専務に会いたがっていました。このあとお時間ありますか?」



 裕子さんが思い出したように、掌をパンと合わせて言った。



「はい、大丈夫ですよ」


「彼、まだ残ってると思うので、呼んできます」


「お願いします」



 山本部長が会議室を退室していった。俺はおもむろにコーヒーに口を付けた。



「……なあ」



 エルフが話しかけてきた。ちょっと昼を過ぎてるからお腹空いたかな?



「すまん、昼の時間を過ぎたな。もうちょっとだから。あ、何なら先に食べに行くか?」


「ちっがーーーーう! 昼ご飯なんてどうでもいい!」


「じゃあ、どうした?」


「さっきのあのキレイな人と昔何かあったのか?」



 そうか、こいつは「あの事」とか知らないし、裕子さんが、さやかさんの従姉ってことも知らないのか。



「まあ、俺がこの会社をクビになったことがあるんだよ」


「はぁーーーーー!?」


「まあ、人には色々あるんだよ」


「あの人がクビって言ったってことだろ!? お前それ許したの!?」


「まぁ、言葉にするとそうなるな」


「ばっかじゃねーの!?」


「まぁ、ばかだな」


「……」



 何かを思ったのか、エルフは静かになった。人と接してたら常にうまくいくことなんてないんだ。トラブルはつきものだ。それを許せないと関係は続かない。許してもらうためには、こちらも相手を許す。


 相手のことを信用して認めることができるから許せる……俺はそう思うけどな。



(コンコン ガチャ!)「あ、狭間専務! お疲れ様です!」



 中野さんだ。「コンコン」から「ガチャ」までが早い!



「うわ! なんスかその子! エルフ!? 異世界から連れて来たんですか!?」


「あぁ、この子は見習い同行ってことで」


「どーなってるんですか!? JK社長の次は、美人秘書で、その次が異世界エルフって!」



 微妙に気になることを言われたけど、連れて回ってるのは嘘じゃないからなぁ。

 この後、エルフがちゃんと挨拶して中野さんの話が始まった。



「それで、話って何かな?」


「あ、すいません! 売上なんですけど、未だに現役の時の専務の数字を超えられなくて……」


「え、そうなんですか?」


「どんなチートを使ってたのか、教えてもらおうと思って」



 ばら売りなんかは、新生「森羅」では解禁してるしホテルからの受注も増えている。てっきり個人の売り上げは伸びてると思ってたのに。



「朝からの動きを教えてもらえますか?」


「あ、はい。まず出社して……」



 聞いてみたけど、別に変な動きはしていなかった。言ってみれば俺と同じ感じ。



「個人シートってありましたよね? あれも持ってきてください」


「はい」



 個人シートは、日報をまとめたような物で、書類を電子化したから可能になった個人の売上とか行動とかがまとめられた、いわば成績表みたいなもの。


 自分でも見れるので、自分の弱点がよく分かり、自分で努力することができるようになっている。



 中野さんと俺の個人シートを比較してみた。もちろん、俺の分は現役時代の物。



「うーん、見てみると、1日の訪問件数が違いますね」


「あ! ホントだ! 結構回ってるつもりだったのに、狭間専務の方が多い! しかも、すごく多い!」


「訪問先ってどうやって決めてますか?」


「どうって……普通に納品の時に……」


「その時、近くにも取引先ってありますよね。挨拶だけでも顔を出すんです」


「え? 用事もないのに?」


「ああ、そうです。顔を見たら頼みたくなることってないですか?」


「あーーー、そう言うことか。まさに今日がそうですよね。専務が来られるって聞いて会いたいと思いました」


「正に、でしたね! あいさつで顔を出すと色々と『宿題』がもらえます。珍しい野菜がないかとか、流行りはどんなのがあるかとか」


「そこで話してたら時間がかからないですか?」


「まあ、時間はかかります。でも、今よりも移動時間が減って売り上げが伸びるなら中野さんの行動としては楽になるんじゃないですか? 訪問件数だけだったらすぐに2倍とかにできますよね」


「そうか……結果売上につながるって分かってるから思い切って行動を変えられそう……」


「ですね。たまたま俺のデータもあったし、少なくとも試してみる価値はありそうですよね」


「はい、ありがとうございます!」



 中野さんが喜んで退室して行った。


 営業同士の情報交換って実は大事で、数字を上げられる人にはそれだけの秘密がある。それを教えてくれる人は少ないけれど、共有することができれば会社全体で数字が上がっていくんだ。


 某大手の広告会社など伝説の営業マンがいて、その人が書いたマニュアルが何十年もたった今でも、未だに形を変えて引き継がれているという話も聞いたことがある。



「なあ……」


「どうした?」


「まさか、あいつも会社クビになる時にいたやつか?」


「まあな。まぁ……それなりに色々あった」


「なんでそんなヤツに本気アドバイスできるんだよ!?」


「会社の仲間だろ。俺はもう現場にそれほど行けなくなったから、代わりに回ってもらわないといけない。これまでのお客さんの信頼を裏切らないためにも、みんなには動いてもらわないといけないし」


「他のヤツを働かせて自分が楽するためだろう!」


「まあ、否定はできないけどな。俺は基本現場好きなんだけど、今は働きやすい環境を作る仕事を任されたし、社員とその家族を路頭に迷わせない責任がある。最近じゃかなり難しくなってきたから、ご飯食べに行ったり、それなりに工夫してるんだよ」


「……」



 その後は、エルフに少し遅くなった昼飯をご馳走してやったのにずっと黙ったままだった。おごり甲斐のないヤツめ。まあ、高校生なんてそんなもんか。「ごちそうさまでーす」なんてニコニコして言う高校生は逆に気持ち悪いか。

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