第119話:さやかさんと東ヶ崎さんの休日とは
今朝も、さやかさんと東ヶ崎さんが朝ごはんを作ってくれている。キッチンに向かう二人の後ろ姿が見える。アイランドキッチンじゃなくてよかった!
「東ヶ崎さん、今朝のおみそ汁の具は何にしますか?」
「シンプルにお豆腐と油揚げでどうでしょう? あ、大根もありました」
「しっかり1食になりそうですね」
さやかさんは胸元にヒラヒラのフリルが付いたシャツなんだけど、肩がごっそり出ていて肩ひもがセクシーだ。でも、その上にふわっふわのパーカを羽織っているので、ちらちらとしか肩ひもが見えない。
下手すると1日見ていられそうだ。ショートパンツも上からエプロンを付けると何も下に履いてない様に見えるので、ドキドキする。後ろから見たら、また一段とセクシーで正直、朝食どころではない。
「東ヶ崎さん、これどこのルームウェアですか? 可愛い♪」
「ジェラピケです」
「え? ジェラピケって、こんなのもあるんですね」
「そうなんです! この間お店で見つけて一目ぼれして買ってしまいました」
「いいなぁ、可愛い。あ、生地もやわらかい」
さやかさんが東ヶ崎さんの袖の辺りを摘まんでいた。俺も触りたいです。
「色違いもありましたよ? 今度一緒に行ってみますか?」
「行きたい!」
東ヶ崎さんは、ルームウェアって感じだけど、甘いテイストのデザイン。ドット柄なのだけど、そのドットのひとつひとつがハートになっている。ズボンは7分丈になっているので、脛が見えてこれがまた目が離せない。
俺がずっと二人を見ていることは絶対に気づかれてはいけない重要事項だ。
こんな風に気を張らない恰好をしてくれているということは、それだけ信用してくれているということ。でも、そんな信用には答えられないかもしれない。二人ともそれくらい魅力的なのだ。
*
最近ちょっと色々ありすぎて忙しすぎた。さやかさんも一度ダウンしたほどだし。そう言った意味では、今日、明日が休みなので、休ませてあげたい。
ただ休むだけじゃなくて、さやかさんと東ヶ崎さんとの時間を作りたい。こういう時、男の俺は邪魔なのだ。
ちょっと一人で見たいものもあったので、俺は朝食の後二人に言った。
「さやかさん、東ヶ崎さん、今日はちょっと用事があるので出かけてきます。申し訳ないですけど、二人ですごしてもらえますか?」
「いいですけど、女の子とデートじゃないですよね⁉」
なぜ、そこで疑うのか。
ととと、と さやかさんに近づいて、昨日の様にぎゅっと抱きしめてみた。
「ななななな」
早速さやかさんがテンパってる。
「出かける前に、彼女にこんなに抱き着く浮気者もいないでしょう?」
「は、はひぃい……」
さやかさんはこれでよし。
「狭間さん、段々とジゴロに近づいてきましたね……」
ジゴロって何だ。あんまりよくない言葉っぽいのだけは分かるので、スルーを決め込むことにした。
さやかさんを抱きしめるのは良いのだけど、そのたびにいい匂いがして踏みとどまるのが難しい。そのまま部屋に連れ込んでしまいそうだ。
何となく二十歳まで……と思っていたけど、今は18歳が成人だ。俺の時とは違う。歳が10個も違うと常識も違ってくるのは当たり前だ。違うと思ったら彼女と話し合ったらいいだけ。俺たちはお互い無理をしないようにしたいところだ。
とりあえず、さやかさんの頭を撫でて落ち着かせて……いや、テンパってるから逆効果か? まあいい。
東ヶ崎さんには秘密のお願いをすることにした。
『指輪を下見したいので、手が空いたときにいいお店を紹介してください』
こうメッセージを送っておけば、東ヶ崎さんが俺を尾行することもない。さやかさんとゆっくり過ごせるだろう。
俺は家を出たらすぐに東ヶ崎さんにメッセージを送信した。
実際、見に行きたいと思っていた。
さやかさんはお世辞なしに可愛いので、指輪くらい送って俺に縛り付けておきたい。そうしないと取られてしまう。マジで。そのくらい肝っ玉の小さい男なのだ、俺は。いや、それくらい可愛いのか、さやかさんが。
(ピコーン)『何店か良いお店をピックアップしました。お嬢様は狭間さんに指輪をいただいたら、常に身に着けると思いますので、大きな石が付いている物よりも突起物がない物の方が喜ばれると思います』
「なるほど!」
メッセージの後にお店のURLがいくつか送られてきた。仕事が早い! そして、可愛いデザインの指輪の店ばかりだ。今日はいくつか見て回ろうかな。
『お嬢様の指輪のサイズは、細めのデザインの物の場合は7号で、幅広の物を選ばれる場合は9号でいいと思います。』
「サイズ!」
そう言えば指輪にはサイズがあった。そんなこと考え無しにお店に向かっていたよ。さすが女性。さすが東ヶ崎さん。
「東ヶ崎さんが有能過ぎる……」
車もいいけど、今日は天気も良いので何となくバスと地下鉄で出かけたくなった。福岡の場合、自動車でなければほとんどがバス移動となる。地下鉄はあるけれど、東京の様に至る所に線路が張り巡らされている訳ではないので、そこまで便利という訳ではない。
バスならば恐らく福岡市中の全てのところに走っているだろう。そのため、東京の様に1つのバス停で1つとか2つの目的地というものではない。
1つのバス停から5路線も6路線も出ているので、バス停に並ぶ文化すらない。もっとも、目的地ごとに並ぶと歩道が埋まってしまうだろう。
福岡では、バス停周辺に何となく集まって待ち、バスが止まりドアが開くと何となく先に待っていた人が先に乗るようになっている。他県から来た人が我先にと乗れば
俺はバスに乗ることにしてバス停を目指した。
「えーっと、バスナビバスナビ」
東京の人が何らかの路線図を持っているのに対して、福岡の人間は「バスナビ」というアプリをインストールしている。バスの路線が多すぎて、どこのバス停からバスに乗ればどこに行けるのか分からないのだ。
俺は「バスナビ」を起動させてショップが多い天神に向かうためのバス路線とバスを調べた。このアプリの有能なところは、バスがいつ来るかリアルタイムで更新するところだ。
地下鉄と違って、バスは遅れることが当たり前だ。このアプリのお陰でどれくらい遅れているのか、定時運行なのか、一発で分かるようになっている。
「ん?」
ふと顔をあげると、一人の子供がゴロゴロことスーツケースを転がしながら歩いているのが目に留まった。ふっくらした帽子……ハンチング帽と言ったか、あれを被っている。帽子で隠れてるけど髪は金髪だろうか?意外とやんちゃな子か?
背は低いし、線も細い。襟にはフリルが付いた白いブラウスに、膝くらいまでの紺の半ズボンで今どきサスペンダーをしている。靴はピカピカのエナメル。これはあれだな。
……ショタだな。
顔立ちも整っているし、まるで妖精かエルフのようだ。耳は尖ってないけど。
面白いことに、手に持っている地図をグルグル回している。電波が弱いGPSの地図アプリみたいになっている。
「困ってる?」
「!」
何気なく声をかけてみた。まだ小さい子だ。小学生かな? 服装がしっかりしているから、中学生かもしれない。いずれにしても、一人で旅行カバンを引いて歩いているということは、迷子だろう。親御さんとはぐれたとかかな?
ぷいっと向こうを向かれてしまった。
もしかしたら、「知らないおじさん」判定だったのだろうか……俺ちょっと傷ついたけど……
「知らないお兄さんだけど、悪いお兄さんじゃないから。道に迷ってたら……と思って」
「そんなことを言って、『みんなのトイレ』に連れ込む気でしょう⁉」
やっぱり俺は悪いおじさんに見えていたらしい。
「どこにも連れて行かないから! あと、困ってないなら別に無理にとは……」
「あっ! ちょっ、ちょっと!」
放置して行ってしまおうと思ったら、呼び止められた。やっぱり困ってるらしい。
「地図だけ! 地図だけ見て教えて!」
まあ、横柄な頼み方だが、こいつも自分の身を守らないといけない。必死なのだろう。
「よーし、じゃあ、見せてみろ」
彼から地図を受け取る。
「……」
「どう? 分かる?」
とても芸術的な地図というか……どれが道なのだろう? 目的地はハッチングかけてあるのだけど、目印になるようなものがない。
「うーん……」
「分かるの? 分からないの?」
「現在位置の分からない地図は、それはもう落書きと一緒だな」
「だめだったーーーーー!」
彼が頭を抱えて海老ぞりで叫んだ。
「はぁーーーーー。もうだめ……お姉様……」
「住所とか分からないの?」
今の世の中、スマホがあれば何でもできる! 住所さえ分かれば調べてあげられる。
「これ……」
彼がポケットからスマホを取り出したが、画面は真っ黒。充電切れと言いたいのだろう。
「適当な店で充電したらいいだろう。ケーブルないの?」
「ちっがーう! お金がないの!」
「ああ、お母さんとはぐれたから」
「ちっがーう! ボクはもう大人だよ! ここまでも一人で来たんだ!」
家出、と。
「よし! 警察に行こう!」
「いや! 警察は嫌っ!」
やっぱり家出か。
(ぐーーーーー)
盛大に彼の腹の虫が鳴いた。色々忙しいヤツだ。
「そこのファミレス行くか? 充電もできるぞ?」
「ファミレスのトイレに連れ込む気でしょ⁉」
この子トイレ好きだな……
「奢ってやろうと思ったのに。まあ、要らないってんならいいけど?」
「うーーーーー! お願いします!」
彼が90度のお辞儀で頭を下げた。ちゃんとお願いできる子は好きだ。
指輪を見に行きたいのに、俺はなぜか小学生とファミレスに行くことになってしまった。
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