第120話:小学生とファミレスとは

 正直、この小学生を早いところ警察に任せて、俺は指輪を見に行きたい。それでも、関わってしまったからには中途半端は気持ち悪い。



「ほら、好きなもの食べて良いぞ?」


「……」



 ファミレスの大きめのテーブルに二人向かい合わせで座っている。メニューは1冊しかなかったので、彼に渡して好きな物を選ばせることにした。


 まあ、俺は適当な物でいいか。ついさっき朝ごはんをしっかり食べてしまったし、あの二人の料理よりもおいしいものがファミレスで出てくる訳がないのだから。



「うーーーーー」



 彼は唸りながら、メニューと俺を見比べているようだ。



「ホントに好きなもの食べて良いぞ? お兄さんは見かけによらずお金持ちだぞ?」



 まあ、4社の役員をしていたら、それぞれから役員報酬をもらうので、黙っていてもお金持ちだ。この子がフードファイターでも何とか払えるだろう。



「ホント!? ハンバーグでも⁉」


「ハンバーグでも、2種ハンバーグセットでもいいぞ。チーズインとかもおいしいし。和食セットとか洋食セットとかも頼めよ?」



しまった。全部ハンバーグだ。いや、ホントになんでも注文していいんだよ?



「ホントに食べていいの⁉ ボクお金持ってないよ⁉」


「そんくらい奢っちゃる。ハンバーグ食べて、スマホ充電して『お姉様』のとこに行け」


「分かった! ありがとう!」



 がきんちょは、チーズインハンバーグに和食セットを注文した。遠慮がない子供は気持ちがいい。ドリンクバーは勝手に追加しておいた。俺も飲むし。


 あと、この子を一人で食べさせたら食べにくいだろうから、俺もグラタンを頼んだ。家でグラタンってあんまり出ないし、それほど量も多くない。そんなどうでもいい理由だった。



「なぁ、名前とかは聞かないから、どうして一人だったかくらい話してくれ」


「……」


「まあ、いいだろう? 俺も名前は名乗らない。この後、別れたらもう二度と合わないんだから、ちょっとした世間話として話してくれてもいいだろ?」


「……分かった」



 とりあえず、スマホに充電ケーブルを差し込んで、テーブル横のコンセントに充電器を差し込んでから彼が話し始めた。


 コンセントの近くに「ご自由にお使いください」って書かれていると安心して使えるな。



「ボクはお姉様に会いに来たんだ」


「ふーん」



 そこは何となく分かってた。



「お姉様は、美人で料理も上手でボクの憧れなんだ」


「へぇ」



 俺には姉がいないからなぁ。イメージ付きにくいけど、東ヶ崎さんくらいをイメージしたら、話が分かりやすいかな? でも、本人に言ったら絶対怒られるな。俺の方が年上だし。



「お姉様は福岡で働いてるんだ」


「ほぉ、それで会いに来た、と」


「……うん、どうしていいか分からなくなって……」


「どうしたどうした」


「ボクはいっつもドジばっかりで……」



 まあ、スマホの充電きらしたり、読めない地図を持ってきたり、何となくその片鱗はうかがえるかな。



「お姉様に会って相談したい……」


「そのお姉様のこと大好きなんだな」


「うん、きれいだし、優しいし、ボクの理想……」



 この子も相当顔立ちが整ってるし、その「お姉様」も相当可愛いんだろうなぁ。でも、うちのさやかさんや東ヶ崎さんに敵う美人はそうそういない。



「最近どうも、お姉様は悪い男にたぶらかされているみたいなんだ」


「そりゃあ大変じゃないか」



 東ヶ崎さんが誑かされているとしたら、全力で止めるわ。



「そいつは、仕事もしてないのにお姉さまのところに転がり込んで、毎日ご飯の準備までさせているらしい」



 ヒモだな。思ったより悪いヤツそうだ。



「ボクが乗り込んでお姉さまの目を覚まさせてやるんだ!」


「そりゃ絶対行った方がいいな!」


「おじさんもそう思う!?」


「うん、でもまだ俺のことは『お兄さん』に留めておいてくれ」



 話しているとウエイトレスさんが料理を運んできてくれた。



「よし! 食べよう! 食べて元気出して、お姉様のとこに行け!」


「うん! ありがとう! おじさん!」



 お兄さんで頼む。



「あ、でも、食べる前に帽子くらい取ろうか」


「あ、そっか。ごめんなさい」



 彼は、慌ててふっくらしたハンチングを取ると、その中からきれいな金髪ロングが流れ出てきた。



「……」



 彼は……いや、彼女は髪の毛を整えると、美少年じゃなくて、びっくりするほどの美少女だった。


 髪の毛は少し白に近い金髪。染めむらや生え際だけ色が黒い「プリン」なども一切なく、全体的に綺麗な金髪。


 色白で線は細く、異世界からエルフが飛び出て来たみたいな……



「どうしたの? おじさん」


「お前……女?」


「ボクを何だと思ってるんだ! ボクは女だよ!」


「いや、だって……」


「どこ見てんだよ! ほら! 胸だってこんなに!」



 ないじゃないか。ほぼフラットじゃないか。ストーンじゃないか。



「なに!? その目は! ほら触ってみたらいいだろ!」



 幼女エルフが胸を張るポーズをした。



「何、触らせようとしてんだよ。俺がお前の胸とか触ってたら即通報されるわ!」


「じゃあ、人目がないトイレとかならいいだろ!?」



 俺をトイレに連れ込んで何をする気なんだ。ホント、トイレ好きだな、この子。



「まあ、分かった。お前は疑いようがない女の子だ。可愛いし、それだけで十分だ。料理が冷える前に食べよう」


「なっ! かわっ!」



 色白が桜色に染まっていた。



「どうした?」


「なんでもない! 分かればいいんだ、分かれば。いただきます!」


「ああ、食え。たらふく食え。足りなかったら追加してもいいからな」


「……」



 幼女エルフはガツガツとハンバーグ定食を食べ始めた。よっぽどお腹が空いていたんだな。


 ただ、俺はまだ目の前に金髪幼女エルフがいることを受け止めきれないでいた。ホントに物語から飛び出てきたような異世界感。俺が転移してしまったのだろうか。それともエルフが現世界に転移してきたのだろうか。


 これだけ可愛いと、さぞ目立つだろう。髪の毛のこともあるし。


 ああ、だからハンチング帽で変装しているのかな?


 この子がこれくらい顔立ちが整っているのならば、お姉様エルフの方にも興味がわいてくる。ちょっと見てみたい。



 *



「はー! 食べた食べた! お腹いっぱい」



 デザートにパフェも食べてたからな。美少女エルフが満腹したらしい。なんか餌付けみたいな気分になって、妙な庇護欲が湧いてきた。



「充電は何パーセント?」


「あ、10%。電源ONできる!」



 思ったより貯まらなかったな。きっと、充電器が1アンペアなんだな。急速充電できないやつ。俺のを貸してやればよかったかも。



「なあ、10%じゃゆっくり調べ物できないだろ? またすぐ切れるぞ?」


「でも……」


「一旦、うちこないか? すぐそこだし、確か百均で買ったモバイルバッテリーがあるからそれやるよ。この間、移動中に必要だったから買ったけど、使ってないし」



 少女は胸を隠すような仕草で、座ったまま後ずさりした。警戒されてる。



「あっ!」(カランカラーン)



 そのタイミングでフォークを床に落としたし。ドジっ子属性はこういうところにも見え隠れするな……美少女エルフが落としたフォークを拾ってテーブルの上に置いた。


 あ。彼女からしたら、俺は幼女を家に連れ込もうとしているのか……



「心配するな。うちにはお前の『お姉様』もびっくりの美人さんが二人もいるから。あと、充電も100%にしていけば? 急速充電器あるし。何ならパソコンも使っていいし」


「なんだよ。なんでそんなに親切にするんだよ」


「どう考えてもお前困ってるだろ。このまま別れても30分後にはまたスマホのバッテリーが切れて途方に暮れている未来しか見えん」


「ぐっ……」


「あと、これ取っとけ」



 俺は財布から1万円札を1枚出して渡した。



「なんだよ、これ。これでここを払えってこと?」


「いや、お前一文無しなんだろ? 住所が分かったらタクシーで行けばすぐにお姉様に会えるだろ? あと、お姉様がすぐ見つかったらいいけど、見つからない場合泊まるとこもないだろ」


「うっ……でも、ご飯ご馳走になって、お金貰ったら援交になってしまう……」



 物騒なことを言うな。



かね置いとくとなんだから、すぐに仕舞え」


「えっ、あ、うん……」



 幼女エルフは、ピンク色の二つ折り財布を取り出すと、俺が出した1万円札を仕舞った。


 家にはさやかさんと東ヶ崎さんがいるから力になってくれそうだけど、この子からしたら、それ自体嘘と思っている可能性だってあるし……



「よし、じゃあ、玄関まできたらどうだ? 家の中に入らずに。そして、俺が言うきれいなお姉さんが出て来たら、充電して調べものしてからお姉様のとこに行けばいいだろ?」


「ううう……」



 あまり納得していないようだったけど、他に手はないだろうし、半ば強引に家に連れて帰ることにした。

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