第3章:エルフが語る狭間とは

第118話:狭間さんに見せたいものとは


「狭間さん。今日お話した『見せたいもの』なんですけど……」



 きたーーーーー! 夕食を食べた早々、リビングでそんなピンク色の話題でいいの!?


 先日、東ヶ崎さんと一緒に買いに行ったランジェリーでしょう!? 見るのはやぶさかではないのだけど、まだちょっと明るいし、東ヶ崎さんもいるし……



「これなんですけど……」



 さやかさんが、椅子横に置いていたカバンから数枚のカードを取り出してテーブルの上に並べた。


 あれ? ランジェリーは!?


 東ヶ崎さんと目が合ったら、ちょっと「にこっ」としていたので、俺の勘違いを察したのだろう。すごく恥ずかしいじゃないか。



「(コホン……)」



 俺は、わざとらしく咳払いを一つして、テーブルの上のカードを見た。


 それは、若い女の子達がカメラ目線で写っている写真でラミネート加工してあった。


 いわゆる「ブロマイド」と言うやつか?



「これは……?」



 これだけ見せられてもなんとも言い様がない。さやかさんに尋ねた。



「狭間さん、どう思いますか?」



 質問に質問で返されてしまった。


 さやかさんの目が真剣だ。次のビジネスに関係あるのかな? 写真に写ってる子達はみんな女の子。可愛い子ばかりだ。


 ただ、一人も名前を知らない。ローカルアイドルなのか、そもそも俺がアイドルの名前が分からなくなってきたのか……



「可愛くて大変よろしいんじゃないでしょうか?」


「やめます! この会社を引き受けるのはやめます!」



 さやかさんが、パッとさっきの写真を回収してしまった。



「どうしたんですか、いきなり」


「実は、パパから引継いだ会社はいくつかあって、その他 追加候補がいくつかあって、その一つがこれなんです」


「ブロマイドの会社ですか?」


「いえ、アイドル事務所です」


「はあーーーーー!?」



 全く知らない世界だよ! この福岡でアイドル事務所とか無理でしょ! 東京でってこと!? この間まで野菜売っていたヤツがアイドル事務所とか無理でしょ!



「若くて可愛い子ばかりだから、狭間さんが目移りするかもしれません。これはやめておきます!」


「まぁ、目移りはしませんけど、アイドルとかってなると、さすがに畑違い過ぎて俺だと何していいか……」


「そうですよね! そうですよね!」



 さやかさんが前のめりだ。俺が難色を示したのに乗っかった。じゃあ、誰なのその話を推し進めたい人は⁉ そんなに気が乗らないなら、始めからやらなければいいのに。



「もしかして……」


「はい。なんかピーンと来てしまいました」



 そうなのか。さやかさんの直感は好き嫌いだとばかり思っていたのに、嫌だけどGOが出ることもあるのか……なんか、猫好きの人が猫アレルギーみたいな感じ? いや、その逆か。



「次、ここ知ってますか?」



 テーブルの椅子に座っている俺のすぐ横に立って、さやかさんが雑誌をテーブルに置いた。


 次は食べ物屋さん系の雑誌だった。ページが開いてあって、ベーカリーレストランの記事があった。



「あ、ここ、制服が可愛くて人気のレストランですよね」


「やめます! これもやめます!」



 ああ、やめられてしまった……



「こっちは幼稚園なんですけど……」



 まだあるんだ。手広いなぁ。色んな業種で共通点なんか無い。よくこれだけ色々と……


 幼稚園の写真が置かれた。保母さんと園児が遊んでいる写真。実に微笑ましい。



「子供はまだ小さいですから……」


「俺、ロリコンじゃないから、さすがに園児に対してそんな邪な考えは持たないですからね……」


「園児じゃなかったら、保母さん! やめます! これもやめます!」



 幼稚園の経営とか俺に何かできるとは思えないけど、やめられてしまうとなんか残念な気が……最近では「保育士」だから、男性もいるんだけど……



「まさか、これらも……?」


「はい、ピーンと来てしまいました」



 来すぎじゃない!?



「じゃあ、それぞれ1回、話を聞きに行くってのはどうですか? 俺も さやかさんも知らない世界ですし、どんな会社で さやかパパたちに何を期待されているのか聞いてみるとか」


「……その前に、狭間さんに聞きたいことがあります」


「はい、なんでしょう?」


「おいしそうなラッピングの新鮮なブランド牛と、うちの冷蔵庫に入ってる牛肉どちらが好きですか?」



 なにその質問!?


 そして、「おいしそうなラッピング」って何!?


 色々ツッコミどころがありそうだけど……ラッピングとかどうでもいいし、わざわざ買いにいくなら、家の冷蔵庫の肉で十分じゃない?



「新鮮な……」



 そこまで言いかけたところで、東ヶ崎さんの眉間にしわが寄ったのを俺は見逃さなかった。



「……ブランド牛より冷蔵庫の方ですかねぇ」



 東ヶ崎さんの表情が笑顔になった。何故!?



「そうですか!? ホントですか!?」



 俺はどんな心理学クイズに答えたの!?



「私はもう、高校を卒業したので、『JK』というブランドは失いました。そして、制服というラッピングもありません。一方で、後から後から若くて可愛い子はどんどん出てきますから……」



 ああ、さやかさん、自分を牛肉に例えちゃったよ……


 俺は立ち上がり、目の前の さやかさんを包むように抱きしめた。



「あっ……」



 ちょっと声が漏れたのがまた可愛い。


 身長差から彼女の顔は俺の胸に埋もれる高さ。抱きしめるとちょうど頭を撫でやすい。俺は彼女を抱きしめたまま、頭を撫でた。



「ぶっちゃけ、俺はさやかさんがJKだから好きになった訳じゃないですから。年齢とかラッピングとか関係なく さやかさんが好きなんです」



 そして、耳元に口を近づけて彼女にだけ聞こえるように言った。



「おいしいお肉が冷蔵庫に入ってるなら、俺はすぐに食べてしまう方です」



 さやかさんの身体がビクンと硬直して指までピッシリのびた「気をつけ」のポーズで固まってしまった。


 そして、顔は耳まで真っ赤だ。彼女は攻撃力は高いけど、防御力がゼロだからなぁ。



「はざっ、はざっ、はざっまさん、あの、その……お召上がり方はっ! どのようになさいまふかぁ!?」



 あぁ、明らかに さやかさんがテンパってる。



「……狭間さん、お嬢様で遊ばないでください」


「すみません……」



 遊んだつもりはなかったのだけれど……東ヶ崎さんに怒られてしまった。お嬢様「と」ではなく、お嬢様「で」だからね。



「あ、そうだ。私からも一つよろしいですか?」



 再び さやかさんを抱きしめて、引き続き頭をなでなでしてたら、東ヶ崎さんからも話題を振られた。



「はい、なんでしょう?」


「狭間さん、暫く出歩かれるときは周囲に注意されてください」



 変なことを言われた。



「え? どういうことですか?」


「はい、大丈夫とは思うんですが、部隊の一人が抜け出して狭間さんのところに行くみたいな事を言ってたみたいで……」



 東ヶ崎さんが言う「部隊」とは、いわゆる「チルドレン」。高鳥家の養子達のこと。


 高鳥家の人達に仇なすことはないのだろうけど、俺は高鳥家の人間でも何でもない。


 ちょろちょろと さやさかんやサウザントの東ヶ崎さんの周りにいて調子よく仲良くしてたら、昔からの人によく思われないよなぁ……


 気をつけよ。暗殺されるかもしれない……



「……狭間さん、いま変なことを考えてますね?」


「なぜ、分かるんですか、東ヶ崎さん」



 彼女のマインドリーディング能力は高い。



「ところで狭間さん、お嬢様がそろそろ限界です。リリースしてあげてください」



 抱きしめたままの さやかさんの顔を見たら風呂に入りすぎてのぼせた子供みたいになっていた。



「きゅぅう~~~~~」



 ……やりすぎたな。思いの外、抱き心地がいいんだ。そして、頭の形がいいからなんだか撫でたくなってしまうんだ。


 この何気ない夜のバカバカしい会話が後に新しい展開を迎えることのきっかけになろうとは、よもや誰も知る由はなかった。(ちょっと日本語も怪しい)













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