第116話:それからとは


「随分、風が涼しくなってきましたね」


「そうですね」



 またもや俺とさやかさんはドライブで愛宕神社を訪れていた。ほんと俺、この神社好きだなぁ。神道とかになったらいいと思う。


 愛宕神社から見下ろす福岡市内の景色は壮観で、天気がいいのも相まってすごく気持ちがよかった。


 東ヶ崎さんも車を駐車した後、少し遅れて境内に上がってきた。



 *


 最近の会社の好調を聞きつけて、何件かのビジネスの紹介とか、人の紹介、会社を買わないかとの打診があった。


 ジャンボジェット機をみんなで買って使用料で稼ぐ投資話。飛行機は初期投資が高いから、初期投資できない航空会社に貸し出すのだとか。


 理に適っていると思ったけれど、さやかさんが全く興味を示さなかったので見送った。


 他にも、日用品のブランドを特定の会社に合わせるというマルチレベルマーケティングがあった。いわゆるマルチ商法。


 歯磨き粉やティッシュなどあらゆる日用品を特定の会社の物に切り替えるだけと言うものだった。それぞれの品物が割高な代わりに毎月マージンをもらえると言うもの。


 こんなもの高鳥家に取り入れてしまったら物凄い組織ができそうだけど、これまた さやかさんが全く興味を示さなかった。


 「日ごろ使うものは選びたい」と。もっともだ。


 仮想通貨でハワイの土地を買うというビジネスもあった。まだ上場していない仮想通貨に投資してそのお金でハワイの土地を買うというのだ。ハワイの土地は毎年上がり続けているのと、さらに、仮想通貨が上場したら1000倍になる可能性もあるという夢があるもの。


 これまたマルチレベルマーケティング。いわゆるマルチ。これも さやかさんが全く興味を抱かなかった。


 ビジネスだけじゃなくて、肉屋、魚屋、弁当屋、コンランドリー、廃校になった中学校の校庭にいちご畑を作るビジネス、古い竹林を伐採して竹炭を作るビシネスなど色々なものが持ち込まれたが、どれも見送った。


 全て さやかさんの「直感」だった。


 その決断が正しかったのかは、誰にも分からない。ビジネスとはそんなものだ。高校の数学と違って答えも1つではない。


 ただ、確実に分かることは、さやかさんに持ち込まれたビジネスのうち、いくつかはその後、報道で逮捕者が出たと知った。俺レベルだと「関わらなくてよかった」と思うばかりだった。



 *



 先日のさやかさんのダウンは、過労気味だった事からのただの風邪だった。薬を飲んで数日安静にしていたら自然と快復した。


 寝込んでいる間は、いつもより少し甘えん坊で、俺も甘えられるのがクセになりつつあった。


 病気は早く治ってほしかったけれど、甘えん坊の部分はそのままでよかったのに……



「パパとママにもう少し家にいるように言ってくれたんですね」


「うん。ずっと変だと思ってたんだ。家はあんなに大きいのに、さやかさんと東ヶ崎さんしかいないし」


「病気の事も初めて聞いて……自分の事なのに全然実感なくて……」



 そりゃそうだ。まだかかってもいない病気の話だから。



「でも、本当に運命の人だったんですね、狭間さん」


「数十万人か数百万人にひとり?」


「私には、それ以上です」


「ありがと。俺にとっても さやかさんは掛け替えが無いよ」



 さあっと、風が吹いた。この答えのない会話も一緒に吹き飛ばしたみたいに。



「これからどうするんですか?」



 俺が彼女に尋ねた。



「どうって……」


「もう、一生懸命働かなくてもご両親は家に帰ってきますよ?」


「分かってましたか。私自身あんまり意識してなかったんてすが、特にママにはアピールしていたと思います。ママの思う『理想の私』を演じてアピールして……」


「子供が可愛くなかった訳じゃないんです。むしろ可愛すぎて家を空けざるを得なかった、みたいな」


「分かってます。でも、もっと早く知りたかったかも……」


「言えなかったみたいですよ? 俺の事が分かってからも さやかさんに伝えるか少し悩んでたみたいだし。親って生き物は子に心配かけたくないんでしょうね」


「まだ頼りないのかなぁ……?」


「その辺りは、俺達が親になってみないと分からないのかもしれませんね」


「……」



 さやかさんが風で舞い上がる髪の毛を耳の辺りで押さえた。



「実は、パパとママが帰ってくるってようになるにあたって、いくつか会社を任されました」


「はぁーーーーー!?」


「徐々に仕事を減らして楽していくんだ、と」



 まあ、それは間違った考えじゃないなぁ。



「狭間さんが手を貸すって言ったって聞きましたけど、心当たりありますか?」



 さやかさんが半眼のジト目で責めてくる。


 確かにもっと家に帰るならその手伝いはするみたいな事を言った気がするけど、いきなり会社を任せてくるとか……



「そこまでとは思ってなかったんですが……」


「じゃあ、しょうがないですね。これでまた益々一緒の時間が増えそうですけど、大丈夫ですか?」


「大丈夫とは?」


「外堀がどんどん埋まってますね♪ もう、逃げようったって逃さないですよ?」


「さやかさんみたいなのに追っかけられるなら大歓迎ですよ。それより能力不足で見限られないか心配です」


「ふふふ、そういった意味では、狭間さんは生きてるだけですごい価値があるって分かってしまったので、安心していいんじゃないですか?」


「生きてる事が条件とか、ハードル低すぎないですか!?」


「だーって、生きてるだけでいいんですもん。私と一緒にご飯を食べて、お仕事して、話して、悩んで、笑って……これからずっとです」


「ははは、なんかプロポーズの言葉みたいですね」


「そのつもりですけど?」



 彼女のドヤ顔がきれいにキマった。



「え!? ちょっと待って下さいよ! プロポーズは俺からするつもりなのに!」


「ざーんねんでした。もう私が言ってしまいました」



 いたずらっぽい顔をしておどける さやかさん。



「さやかさんの『直感』によるとどうなんですか?」


「大変よろしいみたいです」



 笑顔だった。少しいじわるな感じの笑い。彼女らしい笑顔だった。


 彼女が学生のうちはもっと自由な方がいいと思っていたのだけど、当の本人は別にそれを望んでいなかったみたいだ。



「実は、狭間さんに見せたいものがあって……」



 あれだろうか。東ヶ崎さんから事前に聞いていたあれ……一緒にランジェリーショップで選んだという……


 そんなの見たら、自制できる自信が全く無い。


 常々、「年上の余裕」みたいなものを演じてきたのだけど、そんなのそうそう続くもんじゃない。


 一度決壊した防波堤は、もう二度と戻らないだろう。ああ、甘々の生活が目に浮かぶようだ。


 でも、それでまた俺達の関係はもう一段上のステージに移行していくのだろう。



「帰ったら見せますね」



 今は流れに身を任せて進めるとこまで進んでみよう。俺達二人の物語はまだまだ続くのだから。


 ちなみに、家に帰って見せられたものは、ランジェリーではなかった。俺はランジェリーが見たかったのに!




 第二章 END

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