第112話:屋台バトル後日談とは
料理バトルの結果が出た後、ホテルの方では「総料理長 VS 料理人」としてローストビーフのフェアが企画・開催された。
鏑木総料理長監修の「貫禄のローストビーフ」と弟子料理人の「下剋上本気ローストビーフ」の対決となった。
日本人の癖で弱い方を応援してしまうので、「下剋上」もたくさん出たらしい。
ただ、お金を出すならおいしいものを食べたいというニーズから、「貫禄」の方もたくさん出て、大いに盛り上がったらしい。
そして、鏑木総料理長が勝利を収めるという他の料理人に実力を見せつける結果に終わった。
これはこれで話題になっていたのだが、「朝市」も負けてない。
期間中に、「貫禄のローストビーフ」を使ったローストビーフサンドと「下剋上本気ローストビーフ」を使ったローストビーフサンドの両方を屋台で提供していた。
販売はホテルから2人料理人が派遣されていた。
ホテルよりも安く食べられると好評でそれ目当てのお客さんで「朝市」は繁盛した。結局、鏑木総料理長から「コンサル料」はもらえなかったものの、コラボによる集客でお釣りを払ってもいいくらい繁盛した。
■ホテル 厨房
「おう、狭間専務来たか。先日は世話になったな」
「いえいえ。うちも儲けさせていただきました。それにしても、あのローストビーフに勝つとか、さすが総料理長ですね!」
「たまにはすごいところを見せておかんと、若いヤツはなめてくるからな」
鏑木総料理長が辺りをきょろきょろしている。
「今日はあの社長はいないのか?」
「ああ、彼女は大学生でもあるので、今日は学校に行ってます」
「お前、大学生の彼女がいるのか! 犯罪だろ」
「その辺はノーコメントでお願いします」
「次のフェアで出すデザートがあるから、あとで持って帰れ。一緒に食べろ」
「ありがとうございます! 喜ぶと思います」
「あと、また連れて来いよな」
「はい」
さやかさんも鏑木総料理長に好かれてるらしい。なんか嬉しいな。
「あ、そうだ。今日は2個話があってな」
「はい」
「今回の屋台はうちのヤツらにすごくいい刺激になったらしい。参加しなかったヤツも張り切り出した」
「それは良かったですね!」
「それぞれのヤツが自分の得意料理を模索し始めてな」
「へー、良いですね。1つを極めるって言うのも」
「料理人には『スペシャリスト』と『ジェネラリスト』がいるんだ。高い金出して食べるんだから、ホテルでは『スペシャリスト』寄りかな。最高の料理を目指すからな」
「はい」
「ただ、それだと『あそび』がないんだよ。一度行き詰まったらもう終わり。限界とか言い始めやがる」
なんかありそうな話だ。
「牛丼でもたまごかけご飯でも、本気で作る遊び心みたいなものは常に忘れないようにしないとな。いざというとき、そういうところからヒントが見つかることもある」
「はい」
なんの話!? 俺はここの料理人じゃないから、行き詰った時の解決法を説かれてもどうしようもないんだけど……
「そこで、だ。うちのを何人か時々そっちで屋台やらしてくんねぇか」
ホテルの料理人が時々「朝市」でお店を出してくれる!? それだけで話題になるし、全体的な味のクオリティも上がるだろうし、メリットしか感じない。
何なら屋台の使用料を免除してもいいくらいだ!
「有志しか出さないから、やる気がないヤツは来ないから! いいだろう?」
「鏑木総料理長の頼みですからねぇ……受けましょうかねぇ」
もったいぶってるけど、心の中ではスキップして喜んでいた。
「おし、じゃあ、今度、料理人たちに説明会をしてくれ。店を出したいヤツがけっこういるから個別より効率がいいだろ」
「分かりました。資料なんか作って後日また来ますね」
「ああ、頼んだ」
野菜を納品していた時よりも色々関わった仕事ができている。俺、なんか今ちょっと感動してる。野菜は売ってないけど、なんか嬉しい。
「じゃあ、2つ目はこれだ」
総料理長から紙を渡された。二つ折りだったので開いてみる。
「直近のフェア用に必要な食材リストだ。野菜だけじゃなくて、一応 肉も魚もある。納められるか?」
「もちろんです! ありがとうございます!」
急に大量の注文を受けたら慌てるけど、事前に分かっていたら余裕だ。野菜は「森羅」に、肉と魚は「スーパーバリュー」に振ることができる。これはかなりデカい売り上げだ。
要するに、鏑木総料理長からの「お礼」ってところだろう。しっかりもう一度お礼を言ってホテルを後にした。
■古巣 森羅万象青果
「お疲れ様です!」
「専務! おつかれさまです!」
「おつかれさまです!」
古巣の株式会社森羅万象青果に来た。非常勤ながら、俺はまだここに籍がある。ちなみに、社長はまだ さやかさん。
さやかさんは現在3つの会社の社長をしていて、俺も3つの会社の専務をしているのだ。
ボロボロだった「森羅」の建物もとりあえず改装して随分きれいになった。今後は建て替えも検討するけど、お客さんが来る建物じゃないので会社の建物にお金を使うより、社員の給料に当てた方がみんな喜ぶだろう。
「お疲れ様です。狭間専務、今日はどうされたんですか?」
裕子さん……山本部長が出迎えてくれた。
「今日は、ちょっと営業に用事があって。誰かいますか?」
「今は、中野くんしかいませんけど……」
「あ、一人いれば十分です」
「じゃあ、中野くん!」
少し離れた位置で書類仕事をしていた中野さんが呼ばれた。
「はい!」
「ちょっとこっちに来て!」
「はい!」
中野さんが走ってきた。狭い社内だからそんなに急ぐ必要はないけど、部長に呼ばれたとあっては急がざるを得ないのだろう。
「あ! 狭間専務! おつかれさまです!」
「お疲れ様です」
以前のギクシャクした感じも時間経過と共にだいぶ和らぎ、いい具合になっていた。中野さんは、入社的には俺より先輩なので、俺は今だに「中野さん」と呼んでいる。
「中野さん、いいところにいましたね。これをお願いしたいんですけど」
鏑木総料理長にもらった二つ折りの紙を渡す。
「なんですか? これ?」
そう言いながら紙を開く中野さん。
「はあーーー!? なんスかこれ⁈ 大量受注リストーーー!?」
「頼まれたんで、野菜の部分頼めますか? 足りない野菜があったら『朝市』から出しますんで。あと、肉と魚はスーパーから出しますんで紙はコピーして原本を戻してください」
「はい! ありがとうございます!」
「売り上げはみんなで分けてください。できるだけ若手にも作業をさせて大量受注の経験をさせてあげてください」
俺が抜けた後、新人を数人採用しているので本当の意味での若手もいるのだ。
「分かりました!」
「ちゃんと売り上げはボーナス査定に入れておきますから」
「へへ、ありがとうございます!」
中野さんが嬉しそうだ。
「部長、この件 管理お願いします。ちゃんとこなせば、次もあり得ます」
「分かりました……それにしてもすごいですね。最近『森羅』から離れておられたのに、ふらっと来てこの量……今月の営業トップになっちゃうんじゃ……」
「俺の枠はないので、実際に納品する営業の人で分けていいですよ」
「ありがとうございます。今月は数字が楽に達成しそうです」
山本部長が軽くウインクして見せた。
「…期待してます」
若干苦笑いが出てしまった。
「専務! これ鏑木総料理長ですよね!? どうやったらあの料理長からこんだけの受注取ってこれるんですか!?」
うーん……コツとかないんだけど……
「ちょっと! 教えてくださいよ! ちょっと追いついたと思ったら、こんなだと、俺いつまでたっても専務に追いつけないじゃないですか!」
そう言われても、狙ってないので何とも言いようがない。その後も、根掘り葉掘り聞かれて困るばかりの俺だった。
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