第109話:ホテルとのコラボ企画とは


「はあーーーーー!?」



 「朝市」で山口さんの声が響いた。近くのお客さんがこっちを見ちゃった。



「狭間さん! 僕が言うのもなんですけど、ワシン・ヒルト・日空ホテルって言ったら、福岡で一番大きいホテルですよ! つまり、九州一です!」


「そ、そうだっけねぇ」


「せんむー、今度はなにしたんスかー?」



 光ちゃんがニヤニヤしながら訊いた。人をチョイチョイやらかす おっちょこちょいみたいに言わないでいただきたい。



「聞いてくださいよ! 光さん! 今度、この『朝市』でワシン・ヒルト・日空ホテルとのコラボ企画やるらしいです!」


「へぇー」


「反応うっす! あのですね! うちのホテルと言えば歴史があって、これまでそういうコラボ企画とか全然やってないんですよ!」


「ほぅー」


「僕みたいな料理人が何人も日替りでここに来て売上げ勝負するんです! この情報をマスコミが知ったら、ここに押し寄せますよ!」


「ソウナノカー」


「そしたら、お客さんも毎日押し寄せますよ!」


「おぉ! 忙しくなるー! 大変だー! せんむー、チョーキキューカよろッスー」



 急に光ちゃんが俺に近寄ってきてウインクして言った。



「俺達にはきみが必要なんだ!」



 握りこぶしを作って力説してみた。実際、ムードメーカーの彼女がいないとスタッフはクタクタで長くは もたないかも。彼女の このぽわぽわの雰囲気は意外と癒しだ。



「なんか、せんむーに口説かれてるみたいな気がしてきたー」


「いや、それ錯覚だから!」


「まぁ、臨時ボーナスも出すってせんむーが言ってるし、頑張りますかー!」


「いや、言ってないけども……まあ、1日来客一万人超えるようだったら考える」


「うっひょー!」



 光ちゃんが飛び跳ねて喜んでる。勝手に確定になってるよ。



「光さん! 僕のお店応援してくれますよね!」


「私はみんなの光ちゃんナノデス」


「そんなぁ」



 なんかここ夫婦漫才みたいになってるけど、微妙に山口さんは光ちゃんに相手にされてないよなぁ。



「それで、狭間さん。どうやったらそんな無茶な企画を鏑木総料理長に通せるんですか!?」


「うーん……なんとなく?」


「何となくで通らないよ! 僕なんて毎日怒られてるのに!」


「なんか、すいません……」



 実際は、クレームの内容を聞きに行っただけなんだけど……どこでどうなったんだっけ?



「そもそもなんで若くてあんな美人の彼女さんがいるんですか!?」


「それは……」


「あの社長さん、僕より年下ですよね!?」


「確かに……」


「あんなのいたら一人でいいじゃないですか! 秘書さんもいるし! 光さんは僕に下さいよ!」


「それは俺の管轄じゃないから!」 



 ■帰宅中 車中



「狭間さん、またお店でイチャイチャしてましたね!」



 さやかさんに責められてしまった。おそらく、光ちゃんと話していたのを遠くで見ていたのだろう。



「あれは、違うんですよ」


「どっちなんですか!?」


「ん? どっち?」


「光さんなんですか!? 山口さんなんですか!?」


「……」


「光さんの場合は、まだ戦えるんですけど、山口さんの場合は……!」



 どんな勘違いだよ……ついつい額に手を当てて考えてしまった。このヤキモチは喜んでいいものか……


 運転席では、東ヶ崎さんが口元に手を当てて笑いを堪えている。今夜 さやかさんにはとっくり話をしないといけないようだ。



 ■高鳥家リビング 



「あ……狭間さん、そこ。そこ……すごいです」



 私、東ヶ崎あいは、お嬢様のお世話をさせていただき始めてから最大の窮地に陥っています。


 夕食後、家事をして洗い物を片付けにキッチンに戻ったら、リビングからお嬢様のあられもない声が聞こえてきているような……


 まだ、狭間さんにもお嬢様にも私がここにいることは気づかれていないようですが、迂闊にキッチンに来てしまったので戻るに戻れない位置にいます。


 袖壁の裏に隠れているので、お二人からは見えていないはず。でも、今出て行けば、気付かれてしまうかもしれない。



「さやかさん、ベッドでなくてよかったんですか?」


「床にはラグが敷いてあるから十分です」


「それよりも今日はもう我慢できませんでした」



 ああ、これは間違いない! 勘違いのしようもありません。お嬢様がリビングで……



「あはははは、狭間さんそこはくすぐったいです」


「すいません、こっちはどうですか?」


「ん……そっちは……いい感じです」



 ああ、お二人がお付き合いしているのは存じていましたが、どこまでの関係かは把握していませんでした。お嬢様が高校生の時は、未成年だから控えておられるのかな、と漠然と考えていましたが、お嬢様ももう大学生。成人しています。


 世の中的にも何も妨げるものはないので、問題ないのですが……ずっとお世話させていただいてきたお嬢様が大人の階段を……ちょっと複雑です。



「んっ、狭間さん、ちょっと激しい…です。私 初めてなんですからもう少し手加減して…ください」


「すいません、ちょっと加減が難しくて。俺もドキドキしてるので」


「恥ずかしくなるので、そんなこと言わないで下さい」


「すいません、ここはどうですか?」


「ああ! そこはっ!」


「さやかさん声! もう少し抑えてください」


「すいません。無意識に出ちゃうんです……」



 ダメです! 絶対にすぐに移動しなければ! 主人の情事をのぞき見してしまうなんて! 今すぐにこの場を可及的に速やかのなるはやで離脱しなければっ!



「狭間さん、今度は私が上になりましょうか?」


「え? 大丈夫ですか? 結構大変ですよ?」



 あぁ、お嬢様! そんな積極的に! 大人の階段を1段飛ばしでどんどん上に……



「東ヶ崎さん? そこにいますか?」



 どっきーーーーーーーーーーん!



 言ってる傍からお嬢様に気配を悟られてしまいました! どっ、どっ、どう答えたら!? 猫のふり!? セオリーは猫のふり! いえ、お屋敷の中に猫がいる訳ありません! ああ、私は今 混乱しているわ!



「は、はい! こちらにおりますっっ!」



 しまった! 迂闊に出てしまいましたー! ひえー! ど、どうしましょう! め、め、目が開けられません‼!



「東ヶ崎さん、すいませんが、タオルを持ってきてもらえませんか? 少し汗をかいてしまって」



 そ、そ、そうですよねーーーーー!



「狭間さん、ありがとうございました。だいぶ肩が楽になりました。今度は私がマッサージ代わりますね?」


「さやかさんは肩が凝っているみたいですね。背中は全然でしたね」


「はい、背中はくすぐったかったです。マッサージは生まれて初めてだったので、新鮮でした」


「このところ仕事が忙しかったですからね」


「言われるまで肩こりって分かりませんでした」


「あれ? 東ヶ崎さんどうしたんですか? 顔が真っ赤ですよ? 熟れすぎたトマトみたいになってます」



 狭間さんに指摘されてしまいました。



「え? あ、いえ。あの、その……なんでもないですーーーーーーーー!」



 私は、私は、とんでもない勘違いをっっ‼ 穴があったら更に掘って掘って入った上に埋まってしまいたいっ!



「あ、東ヶ崎さん。タオルは急ぎませんから、そんな走らなくてもっ!」



 高鳥家は今日も平和だった。

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