第107話:最初から負けていたとは


「狭間専務! 野菜にまでバーコードって直売所では珍しいんじゃないですか!?」



 領家くんが、「朝市」で働くことで、自分の店との違いが見えて来たらしい。一応なんとか説得して「様」をやめてもらって、「専務」と肩書で呼ぶことで落ち着いた。



「うーん、そうかも。うちにはいいソフト屋さんが付いてるから、彼らが時々買いに来てくれて、その上でいろいろ提案してくれるんだよ」


「僕は、野菜の値段を覚えるだけで大変でした。仕入れ値に対して販売価格を決めていたので、毎日価格が違うし一覧表にして対応してたんですけど……」


「バーコードはやっぱり楽だよね」



「朝市」の場合、農家さんが持ち込んだら店の端末に売りたい価格を入力する。「発行」ってボタンを押すだけで商品名入りのバーコードシールがプリントアウトされる。それを包装のビニールに貼るだけだ。


 そもそも「朝市」は値付けしないので、領家くんが言っているその手間がない。


 その代わりに、農家さんがやってくれている。農家さんはシールを貼るだけ。手間はほとんどない。


 ちなみに、農家さんごとに持ち込む野菜はほとんど決まっているので、これは予めスタッフが登録している。


 どんなに機械音痴でも、売りたい値段を入れるだけなので、困った人を見たことがない。


 むしろ、価格にはすごく気を使っているみたいなので、悩みは機械の操作ではなく、野菜をいくらにするかの方みたいだった。



「あと、なんで引き取りに行かなくても、農家の人がどんどん持ってきてくれるんですか!?」


「レジにはPOSポス入れてるからね。野菜が売れたら各農家さんのスマホにお知らせが行くんだよ。その時に残り在庫数も分かるから、商魂たくましい農家さんは納品に来て在庫を切らさないんだよ」


「野菜直売所にPOS……」



 POSは、POSシステム。レジのプログラムの一つで、いつ何が何個売れたか管理してくれている。


 最近では、いくらで売ると売れやすいかとかも自動計算してくれているので、農家さんに好評だ。



「あと、スマホっておじいちゃんたちは使えるんですか!?」


「専用アプリで、操作がないからね。売れたら音が鳴るだけ。見たら、在庫数が表示されてるの。音がするたびに儲けたってことだから、農家さんによってはわざと音が出るように設定しているみたいだよ」


「パブロフですね!」



 犬扱いしなさんな。



「飲食店も充実してます。 僕も昼ここで食べればよかった……」


「野菜の直売所だから、材料はどれも新鮮なんだけど、良い材料の分 価格が高いお店もあるからね。うちでは、お店と事前打ち合わせして『松竹梅』でエリアごとに3ライン作ってる」


「3ライン?」


「そう。まずは、高くてもいい材料のメニュー、おいしいものを置いている店、これが松」


「はい」


「そして、材料は新鮮なんだけど、安さにこだわった店が梅。軽く空腹が満たせればいいってお客さん向けかな」


「なるほど」


「そして、その中間が竹」


「それがエリアごとに分かれてるんですね? 何でですか?」


「1つのブランド……この場合はお店で考えたらいいんだけど、安いものと高いものの差には限界があるんだよ」


「すいません、どういうことですか?」


「例えば、うどん屋さんがあったとして、1杯300円の素うどんがあったら、高いメニューは1500円くらいまでじゃない? 1杯1万円の金箔入りのうどんは売れないだろ?」


「確かに」



 普通は600円くらいから900円くらいまででその幅は狭い。



「トヨタだって、一定以上の高級車は出せないから、別にレクサスブランドを立ち上げたじゃない」


「そうか! 世の中の店って、全部そうなんですか?」


「俺の知ってる限りでは、マックが面白い仕掛けで学生から社会人まで取り込んでるね」


「あれ? そうですっけ?」


「まずは、以前よりも高級志向になって、看板とかメニューにセットが出ているものは800円から1000円近いものもあるよね?」


「はい」


「でも、そればかりだと学生はマックを利用できなくなる。だから、いまも130円のハンバーガーはラインナップされてる」


「へー、そうでしたっけ?」


「社会人は忙しいから、メニューをパッと見てすぐ決める。だから、高級なセットは大きな写真付きでメニューに載ってるけど、130円のハンバーガーは、端の方に文字だけで載ってるんだ」


「え? そうなんですか?」


「安いハンバーガーのセットはもうないんだよ」


「わー、今度お店に行って見てみよう!」


「高級な店ほど、たくさんのお客さんを捌かなくても利益が出るので、広いお店でゆっくり座って食べられる。うちは来客数が多くなってきたから、休憩がてら食事をする人もいるんだ。だから、割と高級なお店も人気だ」


「安い方はどんなのがあるんですか?」


「最近始めた「屋台」でたこ焼き10個で300円。これが普通のお店で、何のこだわりもないけど、1日中売れまくってる。焼く人はずっと鉄板の前にいて大変そうだよ」


「あの行列ができてた「屋台」ですか?」


「そうそう! 焼くのが間に合わないから いつも行列なんだよ」


「週末にイベントもやってるし、ゲリラ的な安売りとかもあって、『朝市』って来るだけで楽しいんですよね」


「最近は、競りもやってて好評なんだ」


「あ、僕 まだそれ見てないです」


「ゲリラ的に店内で競りをして、お客さんに競り落としてもらうの。金額相当のおまけがつくから、いくらで買っても絶対に損しない仕組み」


「でも、ワクワクしそう」


「この間は、焼肉セット1万2千円のパックを3500円で親子に落札されてたね」


「赤字じゃないですか!」


「しかも、タレとドレッシングと野菜を3500円分おまけだったから、あの親子すごく儲かったと思うよ!」


「あれ? 肉屋さんもあるんですっけ?」


「この間スーパーを買収したから、その肉屋さんの息子さんが出店してくれたんだ。今では『朝市』で野菜はもちろん、肉も魚も買えるようになってる」


「……奇策だけじゃ勝てる訳なかった……」



 領家くんが明らかに凹んだ表情をしていた。



「仕掛けも大事だけど、結局はそれを支えてくれているスタッフのみんながいてくれるから『朝市』はこんなに成長してこれたんだ」


「うちのアルバイト2人も雇ってもらって……彼らはこっちの方が仕事が楽だって喜んでました」


「なんか、死線を潜り抜けてきたような顔してたしね……」


「イベントは2週に1回ですよね? 毎週やったらもっと集客できるんじゃないですか?」


「うーん、そうかも。でも、イベントって大変じゃない? 毎週だとスタッフたちも疲れ果てるから控えめにしている感じ」


「狭間専務、どんだけ……」


「じゃあ、スタッフをもっと雇えたら、もっと儲かるってことですか!?」


「理論上はそうなるね」


「僕、どっか行って誰か見つけてきます!」


「程々にね」



 彼の場合、ホントに連れて来てくれそうで怖い。来たら来たで大歓迎なんだけど……



「ここは集客に一番頭を捻ったからね。何もない田舎に市内から来てもらうために」


「それで、平日でもこんなにお客さんが……」


「週末がすごく混むのが当たり前になったから、定年した年配者のお客さんなんかは平日を狙って来てくれるようになったんだよ」


「まさか、それも狙って?」


「偶然だよ。地味だけど、真面目にやってるのが一番みたい。周囲の人はヤキモキする人もいるみたいだけど」



「朝市」は奇策を取らなかった。お客さん、農家さん、スタッフに恵まれて成長してきたのだ。



「勝てるはずなかった……実は情報取りを調査部に依頼したんですけど、ゼロ回答で……チルドレンの中にも狭間さんを応援する者が増えてるみたいです」



 会ったことない人にも支えられていた!



「領家くんも無理はせずに、みんなと協力してお店を盛り上げて行こうよ」


「はい、専務」



 これで領家くんも大丈夫だろう。変に責任者見習いの話をしたから、頑張りすぎて空回りする事も予想された。


 そうなる前にマインドセットを正しておけば、彼の能力があればうまくやってくれそうだ。

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