第106話:進化する「朝市」とは


「は、狭間様! ありがとうございました!」


「『様』はやめてよ『様』は」



 清花さんに話を通したことだろう。「朝市」の控室で領家くんから めちゃくちゃ感謝されている。



「でっ、でも、どうやったんですか!? 僕、清花様からお褒めの言葉を頂いたんですけど!」


「俺はただ話をしただけだよ」


「清花様は言ったことは絶対に変えない方なのに……」


「そうなの? うーん、気持ち?」


「すごいです! 狭間様!」


「だから、『様』はやめてよ。『様』は」



 さやかさんは東ヶ崎さんと ちょっと離れてこっちを見てる。



「あ、そうだ。さやかさんは、まだきみのことは ちょっと怖いからしっかり働いて信用を得ていってね」


「はい! すいません! でも、さやか様と同じ空間の同じ空気を吸っていると思うだけで僕は感動しています!」



 彼も さやかさんの兄になるのではないだろうか? これはシスコンと言っていいのか!?


 好意なのか、敬愛なのか、崇拝なのか……


 それにしても、どれだけ高鳥家の人達が好きなんだよ……



 *



 聞けば野菜の仕入先は、領家くんが農家を1軒1軒回って口説き落としたらしい。


 何の付き合いもないとこから農家さんと仲良くなって野菜を卸してもらうなんて、かなり難しい。


 領家くんを引き抜くのだから、そのルートも全部『朝市』がいただいた。


 そうそう。領家くんのところに連絡が来たらしいけど、「入口」の土地・建物は『朝市』に譲渡されたとのことだった。


 清花さんか言ってた「しっかりとしたお詫び」がこれだろうか。


 さやかさんと話して、「入口」と「朝市」の間に建屋を増築して、二つの建物を合体させ、一つの長い店舗にすることになった。


 元々増築は計画していた。ただ、そこが既に買われていたので、できないと思っていただけで。


 そう言えば、調査してもこの土地を誰が買ったか分からないはずだよ。清花さんが買って、それを知らせないように指示していたのだから、チルドレンの調査の人達から情報が出る訳がなかったのだ。


 まあ、俺達は結果的に土地・建物をタダで手に入れて、ずっと不在だった責任者(候補)を捕まえた。増築もつなぎ部分だけなら破格だ。


 道路の照明看板は……もうしばらくこのままにしとくか。

「入口」とでかでかと店舗名が書かれた看板は撤去かなぁ。あんまり上品じゃないし。


 うちの店の場合、1か所からお客さんに入られると中では人が渋滞して整理に人員を取られてしまいそうだ。


 清花さんの手を離れた領家くんは、実に勤勉に仕事をしてくれる。


 まずは、大学卒業までは「見習い店長」として、学校がない日に働いてもらっうことになった。


 これまでも、彼は真面目に取り組んでいたのだけど、動機が不純だった。うちはお客さんの事を考えて真面目に取り組んできた。そこに違いがあったのだろう。


 ホントに地味だけど、お客さんのために真面目にやってたのが勝因だった。



 *



「今日から一緒に働く事になった、領家くんです。お隣で同じような仕事をしていたので基本はできてると思うけど、色々違うところもあるから、みんな教えてあげてください」


「領家です! よろしくお願いします!」



 キッチリ頭を下げて挨拶できてる。基本的に、やっぱり礼儀正しいんだよなぁ。


 初日は、「朝市」のミーティングでみんなに領家くんを紹介した。



「せんむー、それってお隣のイケメンっスよねー?」



 「それ」とか指示代名詞で呼ばないであげて。



「ああ、今日からはうちのイケメンだよ」


「ライバル店の看板テンチョーひっこ抜いてくるとか、せんむーパないッスねー」


「いやいや、たまたまだから。たまたま」



 まさか、店長だけじゃなくて、土地・建物、仕入れルートに至るまで丸ごといただいた事は秘密だ。


 年配スタッフとは既に領家くんと仲良くなっているらしい。これまでも朝、表の掃除のときとかに挨拶していたらしい。



「いやいやいや。まさか、同じ店で働く事になるとはね」


「はい! よろしくお願いします!」


「きみみたいに若くて一生懸命働く人は大歓迎だよ」


「ありがとうございます!」



 年配スタッフが領家くんの肩をバンバンたたいている。


 そうだ。掃除してる場面を見たら、その人の仕事にかける気持ちとかはだいたい分かるもんだ。うちの年配スタッフも、彼の人となりを見て話しかけたのだろう。



 *



 領家くんは、うちのスタッフと積極的にコミュニケーションとってるみたいだし、あまり心配しなくてよさそうだ。



「せんむー、イケメンとはどんな関係ッスかー?」



 控室で休憩中に光ちゃんに聞かれた。



「関係?」



 色々説明が難しそうな質問だ。



「BL的なー? 薄い本的なー? タチとネコ的なー?」



 詳しくは分からないけど、変な事を言われているのだけは分かる。



「光ちゃんが期待してるみたいな関係じゃないな」


「じゃあ、せんむーのアイジンの座は空いてるー?」


「なんだ、その物騒な質問は」


「だってー、正妻はしゃちょーで、アイジン1号があの秘書? みたいな人で、2号が空いてないかなって……」



 さやかさんはともかく、東ヶ崎さんからは怒られるぞ!



「1号も2号もないの! 俺はいつだって一人を取り逃がさない様に必死なの!」



 ガチャ、とそこにさやかさんが入ってきた。



「あ! 正妻!」


「正妻?」



 さやかさんがキョトンとしている。そりゃそうなるよね。



「しゃちょー、余ったら分けてくださいねー」


「何の話ですか?」


「せんむーです」


「?」



 そのまま光ちゃんは休憩を終えて退室して行った。なんだ「余ったら」って!



「何の話だったんですか?」


「さあ? 山口さんのカレーの話ですかねぇ?」


「?」



 俺は、しらばっくれることにした。


 ひとまず、「領家先輩問題」は解決した。長かった……色々かき回されて、色々不安にもなったけど、なんとか解決できた感じ。


 ふう、と一息つきながら、「朝市」の控室で椅子に座って伸びをした。



「狭間さん、お疲れ様です。まさか、こんな風に解決しちゃうなんて。想像もしませんでした」



 さやかさんがお茶を入れてテーブルに置いてくれた。



「いや、俺も最初は嫉妬で見えなかったんだけど、彼の言動は最初からおかしかったし、辻褄が合わなかったから」


「振り返って見たらそうですけど……」


「彼も『大好きな』さやかさんに謝りたいけど、謝れなくて精神的に追い込まれてたんじゃないかな?」


「あ! 狭間さんヤキモチ妬いてますか?」


「そりゃぁ、若くてあんなイケメンが言い寄ってきたら、心配にもなりますよ」


「たまにはヤキモチを妬かれるのもいいもんですね」



 座っている後ろから、さやかさんがふわっと首に抱きついてきた。


 ふわりといいにおいがした。ヤバい、俺からも抱きしめたらきっと引き返せない。


 そんなことを考えていると、今度はガッツと両手で首を締められた。



「浮気はダメですからね」


「ぐえっ」



 強い強い! 冗談のラインを少しばかり踏み越えてるよ!


 そして再び、首にふわりと抱きついてきた。




「もう、合コンに行ったこと許してくれますか?」


 後ろにいる彼女の首の辺りに手を回し、「もう、とっくに許してるよ」と答えた。そもそも勘違いだったわけだし。


 俺も高校生の頃だったら許せなかったかもしれない。だけど、人は必ず間違いを犯すもんだ。自分が失敗を多く経験していると、他人の失敗にも寛大になれるのだろう。


 受け入れて寛大になったのか、子供の時より感情が鈍くなったのか、それは分からない。でも、俺の気持ち的には目の前の さやかさんが愛おしくてしょうがないってことだけしかなかった。


 人の成長ってそんなもんだよなぁ。


 酔っ払い二人は粛清されてたみたいでちょっと引いたけど、いま思えは粛清したのは高鳥家の誰かだったのでは……!?


 そんな事は、目の前のさやかさんを見ていたら忘れてしまう訳で……いい雰囲気で、見つめ合って二人の唇が触れる瞬間……



(ガチャ)「せんむー、日用品の仕入れナンすけどー……」



 戻ってきた光ちゃんにバッチリ目撃されてしまった。固まる三人。



「イチャラブを目撃してしまった……消されるかも!?」



 変な一言を残して再び店に消えて行った……仕事場でイチャイチャしたらダメだな。うちに帰ってチャンスを探すか……

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