第105話:家族の食卓とは

 翌朝、朝食はさやかさんと東ヶ崎さんが準備してくれた。


 さやかパパも清花さんも一緒に朝食だ。俺にとっては初めての経験、さやかさんにとっても久しぶりのことだろう。



「おはようございます」



 昨日はベッドに横になった後も、色々考えてしまって中々寝付けなかった。少し眠たい目を擦りながら、東ヶ崎さんに挨拶した。



「おはようございます。狭間さん、今日は下のテーブルでお願いします。修二郎様と清花様も一緒に朝食を取られます」



 さやかパパは「下のテーブル」ことローテーブルがお気に入りだ。



「了解です。いつも朝食ありがとうございます」


「いえ」



 東ヶ崎さんと挨拶を交わしたけど、さやかさんは焼き魚と格闘中なので、そっとしておく。焼き具合とか割と難しいから、集中を切らしたくない。



 *



 昨日みんなが話したローテーブルに座って和食の朝食。



「おはようございまーす」


「や。おはよ。狭間くん♪」



 さやかパパはいつも通り軽い。いや、ちょっとげっそりしてる? 昨日はあのあとまた清花さんと話をしてくれたのではないだろうか……



「おはよう……ございます。狭間くん」


「おはようございます。清花さん」


「あの……それだけど、私も『ママ』って呼んでもらえると……」


「いやいやいや、修二郎さんもなかなか『パパ』呼び出来ないのに、清花さんは……」


「仲直りの第一歩ってことで」



 そう言われたら断れない。



「ママ……いや、お義母さんくらいで……」


「まあ、今日はそれくらいにしておこうかしら」



 まだどこかギクシャクした会話。お互い人間だ、そんなに急に変われない。今はこれくらいで十分だと思う。


 そうしているうちに食卓には和食が並ぶ。いつも朝はパン食が多いのに、今朝は和食。


 しかも、今日の朝食はみそ汁が中心。絶対、昨日の俺の話を意識しての献立だった。みそ汁が具だくさんで、もはや豚汁と言ってもいいほどだった。



「うーん、朝からみそ汁はうまいねぇ。狭間くん」


「はい……」



 昨日、清花さんにきつ目に言ってしまったから、さやかパパからの意趣返しだろうか……



「今日のお味噌汁は私がつくりました」



 さやかさんが俺の横でニコニコしながら言った。



「大丈夫ですよ。今はみそ汁 朝でも昼でも夜でも大歓迎なんで」



 ずずず、とみそ汁を啜る。うーん、うまい。こんな可愛い彼女がみそ汁を作ってくれるなんて最高だ。



「狭間くん、私思ったんだけど……」



 清花さんが話しかけてきた。



「お母様、あなたが謝らなくても気持ちは伝わってたんじゃないかしらね。そして、あなたが気にしてるんじゃないか、って思ってたんじゃないかな。お母様のことは存じないけど、子の親としては言うことが出来るわ」



 ……それを聞いて不覚にも目から涙がこぼれた。自分からしておいてなんだけど、この話題は俺にとって弱い話なんだ。


 あれからずっと俺の心は囚われたままだった。そして、二度と許されることはないと思っていた。


 時間経過とともに、少し忘れた気になって自分の心を誤魔化すことで、いつか折合いをつけようと思っていた。



「狭間さん……」



 横でさやかさんが心配そうにしてくれている。



「さやかと結婚したら、私もあなたの『母親』になるわ。あなたがお母さんに言えなかった言葉を私が義理でも『母親』として受け止めるわ」


「……ありがとうございます」



 泣きながらみそ汁を食べたのは初めてだ。涙が止まらないのだ。


 多分、この一食を俺は5年後も10年後も覚えているだろう。もしかしたら、一生覚えているかもしれない。



「みなさん、ありがとうございます……」



 ***



 食後、少しみんなでゆっくりしていると、清花さんが改まった感じで話しかけてきた。



「狭間くん、さやかには謝ったけど、狭間くんにも正式に謝罪とお詫びを準備するわね」


「いいですよ、俺は。さやかさんと仲直りしてもらえたら十分です」


「でも、それじゃあ、私の気が済まないわ」


「あ、じゃあ、1個お願いがあるんです。これを言わないと、と思ってたんです」


「何かしら?」


「今回の件で、領家くんがすごく落ち込んでます。自分のミスでとんでもないことになってしまったって」


「それは、彼のせいじゃないわ」



 清花さんは、当然のことの様に言った。つまり、彼女自身は領家くんを責めてない。だからこそ、許す言葉もかけられていなかったようだ。



「でも、彼はそう思ってないです。自分を責めて『入口』を不眠不休で盛り上げてます……そして、彼の役目が終わったのなら、『朝市』で引き抜きたいんですけど」


「いいの? 彼はあなたに……」


「正直、彼はイケメンで さやかさんを取られないかヒヤヒヤしますが、敵は遠くに置くのではなく、できるだけ近くに置いておくものです」


「なかなか器の大きいことを言うわね。ゴッドファザー? それとも孫氏かしら?」


「しかも、彼は『チルドレン』です。ポンコツの俺より優秀で、俺なんかがいなくても『朝市』を盛り上げてくれそうです」


「それは私に対する意趣返しかしら?」


「少しくらい皮肉でも言っておかないと、あとで さやかさんに怒られますからね」


「もう! 私そんなことで怒ったりしません!」



 さやかさんがすごい早さで反応した。



「ただ、あれはあれで義理堅いから、私の元を離れてあなたのところに行くかしら?」


「それだったら、『朝市』はさやかさんの会社です、って言うと喜んで入社したいと言ってましたよ」



 それこそ小躍りしそうな勢いで……



「そ、それにしても条件くらいは……付けてくるんじゃないかしら?」


「ミーティングの時には さやかさんに会えるとおしえると もろ手をあげて喜んでましたね」



 清花さんは額に手を当てて言葉を失っていた。



「ま、まあ、いいわ。あの子が喜んでいるのなら好きにさせてあげて」


「ありがとうございます。『ねぎらいの言葉』も忘れずにお願いしますね」


「はぁ、今更だけど、あなたは人が関わるとどうしようもなく優秀ね。まったく、人に好かれるというか……」


「狭間さんは『人たらし』なんです。私もたらされたクチです」



 さやかさんが、ふいっと会話に口をはさんだ。



「私もたらされました」



 東ヶ崎さんも楽しそうに参戦した。



「きみたち それなんか すごく人聞き悪いからやめてもらっていいかな!?」


「「「ははは」」」


「あなたたちは いつもそうなの?」


「まあ、こんな感じです」



 俺が抗議の意味も含めて答えた。俺がいつも揶揄われている気がするんだ。



「な? 言ったろ? 狭間くんは面白いんだよ。お義父さんにも頭下げさせたらしいし、東ヶ崎ちゃんも信頼してるし、最近 チルドレンの中でも一定のファンが付いてるし」



 そうなのか!? 俺が知らない話もあるんだけど!?


 ふっ、と 清花さんが微笑んだ気がした。



「それにしても、このお味噌汁おいしいわね」


「確かに」



 俺の「みそ汁の思い出」を上書きするとても印象的な みそ汁だった。家族も味噌汁も温かかった。

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