第104話:再びさやかママ帰宅とは

 翌日、さやかママと直接対決の日だ。さやかさんに怖い思いをさせた事を一言 言ってやりたい。


 どこから戻ってくるのかは分からないけれど、さやかさんに午前10時には帰宅する旨連絡があったらしい。


 俺も会社を休むし、さやかさんと東ヶ崎さんも大学を自主休校だ。



 下の駐車場で自動車の排気音がしたので、みんなで迎えに行くと、さやかパパに連れられて さやかママが帰宅した。


 まさか、夫婦そろってとは! どこまでも予想外のご夫婦だ。



「おかえりなさい、修二郎さん、清花さん」


「狭間くん、パパって呼んでって言ったでしょー!」


「心の中では、『さやかパパ』って呼んでるんですけど、まだ口では慣れなくて……」


「まあ、いいや。今日は久しぶりに夫婦で帰宅なんだ。さ、早く家に入ろう!」



 清花さんも修二郎さんについていく。何ともばつが悪そうにしている。


 さやかさんが声をかけそびれたほどだ。


 東ヶ崎さんは何も言わず、お辞儀をして迎え入れていた。



 *



 みんなで移動して、2階リビングのローテーブル。あの、屋久杉縦スライスの一枚板の高そうなやつのとこ。


 家長たる さやかパパこと、修二郎さんが座り、その横に清花さんが座った。


 修二郎さんの向かいに俺は座り、横にさやかさん、その隣に東ヶ崎さんが座った。



「さやか……今回の件は、ほんとにごめんなさい」


「どうして、あんな事を……?」


「……」



 清花さんは口を濁した。ただ、視線は一瞬俺の方を向いた。


 そういう事か……



「さやかさん、俺の力不足みたいだ」


「え?」


「清花さんは、俺がきみに相応しくないと考えている。だから、さやかさんの目を他に向けようと……」


「そうなんですか!? そんなの勝手です! 勝手すぎます!」



 俺の話を途中まで聞いてさやかさんが清花さんに噛み付いた。



「狭間さんは、いい人かもしれないけど、さやかには物足りないと思って……」


「そんなのは自分で決めます! ずっと好きでやっとここまで来たのに酷いです!」


「まあまあ、そんな喧嘩腰になったら、話せるものも話せないし……」



 さやかさんが怒ってくれると、こっちは逆に冷静になってしまう訳で……



「狭間さん! 何でそんなに冷静なんですか!? ママ相当酷いこと言ってますよ!」


「でも、一方的に言ってしまったら、相手の気持ちは分からないままだよ」



 さやかさんは納得がいかないのか、再び清花さんの方を向いて言った。



「狭間さんはすごい人です! その力が疑わしいなら、私 狭間さんと駆け落ちします! 狭間さんとなら、どこで何をしていっても幸せに生きていけます!」


「さやかっ!」



 堪らず清花さんが怒鳴る。


 止めるつもりで さやかさんの手を握ると、さやかさんが抱きついてきた。



「狭間さんー。ママがぁーーー」



 俺が抱きとめたタイミングで感情が爆発して泣きだしてしまった。こうなると、まずは落ち着かせるのが最優先だ。


 両親の前だと理解はしているけど、抱きしめて頭を撫でてやる。



「大丈夫だから。ちゃんと、理解し合えるから」と、耳元でなだめた。



 *



 暫くして、まだ鼻をぐじぐし言わせているけど、さやかさんが ある程度落ち着いた。でもまだ目元などハンカチで押さえている状態。



 さやかパパは、横の清花さんに優しく話しかけた。



「ハニー、あれを見ても きみは二人を離そうとするのかい? 悔しいけど、さやかのほうが狭間くんに惚れてるんだよ」


「でも、あなた……」


「彼は十分優秀だよ。会社はクビになったけど、その後 さやかを手伝ってクビにした会社を再生させた。売上と利益の推移を見たろ?」


「それは……さやかの力が……」


「社長交代のときは、クーデターみたいになってたけど、それが成り立ったのってお客さんの力なんだよ」


「お客さんは関係ないわ」


「彼を戻せって声が会社を動かしたんだ。普通そんなことしたら、噂を聞きつけて客はどんどん離れていく。お家騒動は一大スキャンダルだからね」


「でも、それはたまたま……」


「『朝市』だって立ち上げたし、さやかが買ったスーパーだってᐯ字回復して見せた。売上げだけじゃなくて、客層も広げてた」


「……」


「先入観や固定概念じゃなくて、冷静にデータを見れることは俺達の仕事の基本だろ?」


「……」


「俺達はまず何から始めるべきなんだい?」



 清花さんも静かになった。


 俺もなんか変に褒められててゾワゾワしたけど。さやかパパたちは、俺達が報告した以上の事を知っているみたいで驚いた。



「さやか……」


「まず、狭間さんに謝って!」



 ダメだ。感情が先走って話し合いからは程遠い。



「すいません、少しだけいいでしょうか?」



 俺が割って入ったのだが、誰も何も言わない。無言は了解と捉えよう。



「俺、朝に味噌汁が飲みたくない時期があって、母親に朝は味噌汁いらないって言ったことがあるんです」



 みんなキョトンとしている。「こいつなんの話を始めた!?」みたいな。でも、俺は続けた。



「ある朝、また味噌汁が出てたんです。俺は機嫌が悪かったのもあって『朝は味噌汁いらないって言ったろ!』って、キツ目に言ってしまって……」



 もう何年前の話かな。俺にとっては思い出すだけで辛い話。今まで誰にも話してない内容。



「ちょうど会社でのトラブルでイライラしてて……でも、昼過ぎには言いすぎたなって反省して。それでも、俺は帰ってから謝ればいいやって……」



 場は静かになっていた。



「帰ったら、母親は倒れてて、もう息がなかった……一言『ごめん』って言いたかったけど、それはもう永遠に叶わない」



 横でさやかさんが再び鼻をすすり始めた。



「親に限らないけど、話せるときに話しておかないと、気づいたときには遅いこともあるんだ」


「……」



 さやかさんが、唇にぐっと力をいれた。



「清花さん、信頼できる領家くんと東ヶ崎さんがいたとはいえ、お酒の席で危ないこともあります」



 俺はできるだけ冷静に話した。



「さやかさんは、ひいき目なしに見てもきれいで人気もあります。何かあったら一生の傷を負うことになったかもしれません」


「私だって、娘を襲わせようとした訳じゃ……」


「もちろん、そんなことは思ってないです。でも、人を使って誘惑しようとした。そんなことせずに ちゃんと向き合って話し合うべきでした」


「……そうね」


「お二人にとって、さやかさんは宝物だと思います。俺にとってもそうで、ホントは誰にも触れさせたくない。ずっとうちに閉じ込めておきたいくらいです」



 さやかパパが清花さんの肩を抱いた。



「でも、俺は彼女を一人の人間として認識してます。彼女の行動は彼女が決めますし、何かあれば俺はいつも彼女と話し合います」


「そう! 狭間さんとはよく話をします! そのテーブルで色んな話をしました!」



 さやかさんが持ち直して会話に入ってきた。



「確かに意見が合わないこともあるけど、話し合って決めてます。例え結果が良くなくても、私は自分の判断だって受け入れます。狭間さんのせいにしたりしないです」



 さやかさんの涙ながらの主張に清花さんも声が出ないようだ。



「ハニー、そろそろ本音を言わないといけないんじゃないか?」



 本音? 俺が気に入らない、が本音だと思ってたのに。



「……さやかは、オンラインでも いつもあなたの話ばかり……このまま結婚でもすれば、さやかはもう うちにも帰ってこない……だから……」


「それって……」


「ヤキモチだな」



 俺が言う前に さやかパパが言ってくれた。



「俺は、さっき言ったように、もう両親とも他界しています。親戚とも交流がないので、もし将来俺と さやかさんが結婚しても、寂しい思いをさせてしまうでしょう。それだったら、俺が婿に行きます」



 別に残さないといけないような名前でもないし。


 清花さんがテーブルの上で握りこぶしに力を入れる。



「ハニー、僕らの時はお義父さんが苦虫嚙みつぶしたような顔してたろ? きみが『分からず屋!』って言って大もめにもめたんだったろ?」


「ううー、お父さんはあの時こんな気持ちだったのねー! 今は痛いほど分かるわー!」


「僕らは親になったんだよ。あの時とは立場が逆なんだ。あの時 僕らはどう思った? どうして欲しかった? それで、いま僕らはどうすべきなのかな?」



 再び、清花さんが下を向いて「うー」と唸り始めた。



「……分かったわ。さやかと狭間さんの結婚を……認めます」


「ちょっと待ってください! 話が飛び過ぎでは!?」



 そういう話をしていた訳じゃなかったはず!



「それに、そう言った挨拶の時は、先にさやかさんにプロポーズしてから来ます」



 ぼそりと付け加えて、言った。


 さやかさんの方を見ると、目が爛々と輝いていた。「いつでも待ってます」の顔だろうか。



「もう少し雰囲気のある場所で……」



 恥ずかしくて全部言えなかった。きっと俺の顔は真っ赤で、さやかさんも「はい」と言った時には下を向いて顔を真っ赤にしている。



「あなた!」


「ハニー、どっちにしても僕たちの負けだったよ。娘に泣かれたら親はもうどうしようもない。きみに僕がいるように、さやかには狭間くんがいるんだよ」


「うう……さやかが……大人に……」


「今夜は遅くまで子供の話でもしようか」



 長い長い話し合いの末、清花さんは さやかさんに一連のことを謝った。ほとんど、さやかパパが とりなしてくれた形だ。


 それでも大変だったけど、一つの結末を見た。よかった。そして、疲れた……




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