第103話:黒幕とは

 俺は「入口」の狭めの控室で探偵の謎解きのように黒幕をあかしている。


 領家くんを使って強引にさやかさんを誘い出そうとしたり、この「入口」を経営してうちの商売にぶつけてきたり。


 それを裏でコントロールしている黒幕がいる。



「領家くんに指示を出しているのは、高鳥清花さんですね?」


「きっ、清花様は関係……」



 領家くんとしては、否定したいけど、嘘はつきたくないってとこだろうか。



「そんなっ! まさか! ママが!?」



 動揺した さやかさんの手を握って安心させた。



「ママに連絡して聞いてみます!」


「恐らく、その必要はないでしょう。明日には家に帰って来るんじゃないかな」



 俺には確信にも似た予想が閃いた。



「清花様の予定をお調べします」



 東ヶ崎さんが一旦退室して外でどこかに電話しているようだった。



「さて、領家くんのことだけど……」



 座ったまま領家くんは頭をもたげてガックリと力を落とした。



「僕のことは煮るなり、焼くなり好きにしてください。さやか様を危険に晒して、狭間さんの店の邪魔をして、その上 清花様の事まで……」



 分かり易いくらい絶望している。



「組織の中ではクビになると思います。次々失敗した訳ですし……」


「じゃあ、うちで働かない?」


「「ええ!?」」



 さやかさんと領家くんの声がハモった。そりゃそうなるよねぇ。



「狭間さん!?」


「『朝市』ではずっと責任者が不在でした。アイデアがたくさん出て、そのアイデアを実行できて、アピールはするけど、謙虚で人当たりが良くて、何より信頼のおける人……」



 これはかつて、さやかさんがさやかパパに人材を貸して欲しいと頼んだときのオーダーだ。



「『信用』の面では出会いが良くなかったから、信じられないかもしれないけど、彼『チルドレン』ですよ?」



(パタン)ここで東ヶ崎さんが戻ってきた。



「どうでしたか?」


「はい、領家さんは『チルドレン』でした。私には秘密になっていたみたいですが、問い合せをもって情報解禁になるようになってたみたいです」


「やっぱり。ただ、正体がバレることも想定していたんですね……」


「はい、清花様の予定も、明日は東京の予定だったみたいですが、今の事態を想定して予定がいつでも変えられるようになってたみたいです。明日は、遅くともお昼には帰宅されるでしょう」



 まだ清花さんに連絡は行ってないだろうに、もう予定が変わる事まで準備されていたとは……



 ガサッと音がしたかと思ったら、領家くんが床に正座して頭を下げた。



「さやか様! 今まで本当にすいませんでした! いつかちゃんとお詫びしたかったんですが!」



 ガチ土下座だ。一目でどれほど悔やんでいるか分かるほどの。



「……領家先輩、頭を上げてください」


「いえっ! 僕は……!」



 頭を上げない領家くん。さやかさんが困ってこちらに視線を送ってきた。



「『朝市』で面倒みたらどうですか? 俺が責任持って監督しますから」



 ふう、と さやかさんがため息をついた。



「領家先輩のことは、狭間さんにお任せします。ただし、領家先輩は必ず大学を卒業してくださいね」


「さやかさん、ありがとう」



 彼女にはちょっと酷な決断をさせてしまったかもしれないけど、ここは少し強引にでも話を進める価値があると俺は考えていた。



「狭間さんズルいです。狭間さんにそう言われて、私が断れる訳ないじゃないですか」


「ははは」



 さて、領家くんだ。



「頭をあげてよ。さやかさんも恐縮してしまうよ」


「は、はい……」



 まだ床に正座状態。



「聞いての通り、きみのことは俺が預かった。組織のことは俺には分からないから、明日 清花さんに話してみるよ」


「狭間さん……いえ、狭間様!」


「俺のことは『さん』で十分だよ」


「いえ! 僕達の中ではもう『狭間様』で統一されてます。さやか様が選ばれた方でご結婚も確実だと……」



 えっ、そうなの!? と、思い、東ヶ崎さんの方を見た。彼女は静かに微笑んで、コクリと頷いた。


 えー!? そうなの!?


 今度は、さやかさんの方を見たら、顔を真っ赤にして俯いてる。なに、その可愛い表情!


 嬉しい反面、当事者を置いてけぼりにして話が先走りしているような……変な汗かいてきちゃったよ。



「と、とにかく、領家くんは椅子に座って!」


「はい、狭間様」



 ひやー。『様』はやめてー! 慣れないからやめてー!


 メガネ屋さんから出たときに、見えなくなるまで見送られたときみたいな過剰な丁寧に冷や汗かきまくりだ。


 その後、労働条件など含めて話を詰めて翌日に備えることにした。


 事前の情報収集が明日の明暗を分けるのかもしれない。「入口」の小さな事務所の電気は遅くまで点いたままだった。

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