第102話:壊れゆく領家とは
「せんむー、今日もお客さん多いっすねー」
「確かに」
光ちゃんの言葉に偽りはなく、その後も「朝市」は好調だった。
ただ、現場スタッフだけで回せる限界が近かった。
元々の野菜の直売は元より、スーパーバリューの仕入れ元から、肉、魚、たまご等、地元でとれる素材を販売することで商材を増やしていた。
さらに、ライさんのスパイスも人気だ。これまで難しくて使いにくかったスパイスは、「スパイスカレーセット(基本)」として基本セットを作ったのだ。
汎用性が高くよく売れている。意外だったのは、「スパイスカレーセット(プロ)」だ。これはライさんが日常的に食べているカレーのスパイスをセットにしたものだ。
これがよく売れる。どこかのカレー店の人なのか大量買いしていく人もいた。
ここまでになってくると、全体を見て采配を振る人間がいないと誰かに負担が偏ったり、思わぬトラブルに発展する可能性もある。
「朝市」ではスタッフを増やしたので、忙しいながらもこうして休憩時間は確保できてる。
何人シフトに入れるかとか、追加採用は必要かなどはある程度現場にいないと見えてこない。
実際、週末は心配なので俺が入るようにしていた。ただ、いつもではないので行きどかないところはある。
人員は多くなるように心がけているのだが、多すぎる日があった。
「せんむー、お隣はスタッフ全部で3人しかいないみたいで、大変そうでしたー」
「そうなの?」
緊張感のない声は光ちゃん。
休憩中の雑談。それが報告にもなっていた。こうした「普通に話せる環境」が必要だ。
「テーサツしてきましたー」
「そりゃ ありがと」
「あのイケメン、朝から晩まで店にいますよ?」
「マジか!」
「しかも、毎日 朝晩店の前掃除してるッスー」
うーん、チラシ戦略も継続中みたいだし、大量に来るお客さんを捌き切れてないのは見たらすぐに分かった。
結果的に、「朝市」に人が流れてる。うちは儲ってありがたいけど……
しかも、ひとりで何でも抱えすぎだ。彼はまだ大学生。学校に行ってないんじゃないか!?
もっと言うなら、休み無く働いていたらいつか倒れてしまうだろう。
*
そんなある日、「入口」が更なる奇策をとった。
『期間中、全品半額』
無茶だ。直売所では、中間業者がいないから中間マージンのカットは不可能だ。
半額まで価格を下げたら、利益が出ないどころか原価割れ必至。
期間は2週間。絶対うちにも影響が出る! うちはスタッフを増員し、週末は臨時のアルバイトまで雇って対応することになった。
その2週間が終わったとき。俺は閉店後の時間を狙って「入口」に乗り込むことにした。
そして、事前に さやかさんと東ヶ崎さんにある事を話しておいた。
*
(トントン)閉店後の薄暗い「入口」の店舗裏口のドアをノックする。
反応はなかった。タイミングを逃したか。彼はもう帰宅してしまったかもしれない。
何気なくノブを回したら、ドアが開いた。開いたからには声をかけないと不審者になってしまう。
「すいませーん」
俺はドアをそっと開け声をかけた。
そこには椅子から崩れ落ちて床でグッタリしている領家先輩がいた。
「ちょっ! 大丈夫か!?」
顔色も悪い。控室に電気がついていてよかった。この部屋が暗かったら見逃していたかもしれない。
「あ、狭間さん……どうしたんですか?」
「どうしたか、はこっちのセリフだよ。働き過ぎじゃないか!?」
「いえ、僕は狭間さんに勝たないといけないから……」
「ちょっと待ってな」
俺は一旦、「朝市」に戻りペットボトルのスポーツドリンクを持って、さやかさんと東ヶ崎さんを連れて行った。
「さやかさ……高鳥さん」
領家先輩の顔色が少し戻った。
「領家先輩、いや、領家くん。少し話をしようか」
「……はい」
俺の申し出に彼も真顔で答えた。
「入口」の控室。10畳ほどの部屋に4人。机用の椅子に俺や さやかさん、東ヶ崎さんが座り、折りたたみの小さい椅子に領家くんが座った。
「すいません、ちょっと疲れてたみたいで……」
「なんでもないなら良かったけど、ホントに危ないこともあるからね!」
「はい、すいません」
*
少し間をあけると、領家くんも落ち着いたみたいだ。
「話 大丈夫かな?」
「はい」
さやかさんと東ヶ崎さんが見守っている。
「半額戦略はどうだった?」
「一定の成果は上げました」
「チラシも随分配ったみたいだったね」
「集客に成果が出たと思います」
「利益は出てるのかな?」
「……」
「ずっと気になってたんだ。きみの『成功』は利益とかじゃないよね?」
「……はい」
「きみにとって成功ってなに?」
「狭間さんに勝って、高鳥さんに振り向いてもらうこと……」
さやかさんがギョッとした。この人は何を言っているのだろう、という表情。
「そのためにはお金に糸目はつけない感じ?」
「……」
「資本が潤沢にあるのは結構なことだけど、お金の使い方が経営者じゃないんだよね」
「僕はこの店のオーナーですよ?」
「でも、利益とか度外視だよね。それは経営の事は全く考えてない。それどころか、きみの集客のお陰でうちの店が儲ってるよ。それもアピールかな?」
「……」
「雇われ店長ならぬ、雇われオーナーってとこかな?」
「……」
「優秀で礼儀正しく、真面目で高鳥家の人のことが大好きな人たち……そんな人達を俺は知ってるよ」
東ヶ崎さんがハッとした。彼女は俺が言いたい事に気づいたらしい。
「日ごろは優秀なんだ。オーソドックスな手も使えるし、奇策も考えられる。アイデアだって次々出てくる。……でも、さやかさんを前にすると行動が支離滅裂なんだよ」
「……」
「きみは『チルドレン』だろう?」
「なっ、なんですか? チルドレンって……」
本人はしらばっくれているのだけど、目が泳ぎまくっている。自白も同然だった。
「あのカラオケの日、あんなことになるなんて思ってもみなかったんじゃないの?」
「もちろんです!」
「自分を罰しようとして、学校にも報告したほどだしね」
「……」
「調べてもらったんだよ。きみは、日ごろの行動が素晴らしいらしいね。他の2人が停学なのに、止めにかかっていたこともあって きみは注意だけだった」
「……はい」
「それで謝りに来たんだろ? さやかさんと俺を喫茶店に呼び出してさ」
「あれ以上 怖がらなくていいように……」
「あの時、何故お詫びの品がハンカチだったんだい?」
「さやか様、あの日泣いてた……僕はとんでもないことをしてしまった。だから、涙を拭いてほしくてハンカチを……」
もう、「さやか様」って言っちゃってるし!
「じゃあ、手を握ろうとしたのは?」
「どんな形でもいいから、一度でも手を握ってみたかった……僕はもうダメだから」
「ちょっと失敗したくらいでダメってことはないだろう?」
「きっと地下労働施設で死ぬまで働くんだ。楽しみは、たまのキンキンに冷えだ缶ビールだけなんだ……きっと」
「うちにそんな施設はありません!」
東ヶ崎さんがきっぱりと否定した。
「そんな僕にももう一度チャンスが与えられた。それがこの店だったんだ」
「店名はきみが付けたの?」
「はい……」
「さやかさんが学校で嫌な思いをしなくていいように、自分は毎日お店で働いて、学校には行かなかったんだね」
「……」
「もう、単位も粗方そろっているし卒論だけだから、週1回くらいの登校だったのかな?」
「よくご存じですね」
「実は、これも調べてもらったんだ」
ふっ、と領家くんが観念した表情をした。
「俺は黒幕にも思い当たる人がいるよ」
その言葉でまた領家くんはオロオロし始めたのだった。
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