第101話:スーパーのたまごとは

 スーパーバリューの仕入れ先は、全て円滑に引き継いだ。野菜だけは従来のところから「森羅」中心に切り替えた。もっとも、従来のところに「森羅」も入っていたし、価格で選んでいたので、他社からだと鮮度とかがいまいち不安だった。


 安心できる仕入れ先として「森羅」を選定し、別会社となった森羅と交渉して新鮮な野菜を安く入荷することになった。


 そこは良いのだけど、「良い品を安い価格で」と考えた時に、かなり売れる商品でありながら価格交渉が難しい商品があった。


 たまごだ。


 俺とさやかさん、東ヶ崎さんは仕入れ元に話を聞きに行くことにした。


 行った先は、株式会社鳥栖ファーム。福岡近県のたまご農家だ。見学させてもらうと、テレビなどで見かける鶏がたくさんいる薄暗い小屋を考えていたら、実際はビニールハウスみたいな明るいところに鶏はいた。


 ただ、上下4段の棚みたいなところに鶏は入っていて、鶏のマンションみたいな感じ。鶏は頭だけ出して、エサを食べている。



「ふえー、すごい数ですね」



 率直な感想だった。狭くて窮屈そうだ。



「たまご農家は儲からんけんね」


「そうなんですか?」


「たまごが1個いくらか知っとるね?」



 そう言えば、1個の価格って分からない。店でも1パックの値段で見ていた。



「スーパーさんには1個15円弱くらいで卸させてもらってるけど、半分はエサ代なんよ。多分原価は14円くらいよ。1個売って1円の利益やけんたくさん作って売らんと私たちは食べていかれんとよ」



 1個15円ということは、1パックで約180円。うちのスーパーでは198円で売っているので、利益率は約10%という計算になる。


「出荷する方からしたら、1個15円やけど、運送費やら光熱費、ヒナ購入費、衛生費とかがあるし、借金も返さないかん。従業員の給料も払ったら計算できんけど、それこそ赤字よ」



 安くして欲しいと言いにくいなぁ。



「賞味期限のシールも貼らないかんし、パック詰めもせないかん」


「シールもここで貼ってるんですね」


「そうそう。お店はもう置くだけにして出荷しとるから」


「なるほど」


「そんで、鳥インフルエンザとか発生したら、全部処分せないかんからリスクもたかかとよ」



 うーん、益々言いにくい。


 そこで、さやかさんが登場。



「エサってどんなものですか?」


「米とか麦の粉、米ぬか、魚粉、ホタテの殻の粉、石灰、あと農園内でできた野菜かね」


「野菜!」


「どうしたんね」


「実は、うちでは定期的に野菜のロスが出ます。それをトラックで持ってきますので、エサとして使えませんか? ちゃんと素性の知れた野菜です」


「まあ、使うのはよかバッテン、そんなの買われんよ?」


「はい。そして、帰りにトラックが空になるので、たまごをこちらから取りに来るというのはどうでしょう?」


「まあ、ねぇ。運送代も高いけんね」


「ちゃんと保冷車で運びますので、問題なければ一部他のお店への運送を引き受けますよ?」


「ほんとね」


「うちは、常にトラックを持っていて、ドライバーが毎日乗っています。そのうち1台がこちらに伺うのはなんでもありません。少し福岡寄りのところに野菜直売所もありますから、どうせそっちには行きますし」


「んー……」


「どうですか? 先に野菜の提供と運送を引き受けます。コスト的にメリットが出たら、それぞれの費用をいただくか、たまごの代金と相殺するか……」


「いいね。やってみようか。運送代とエサ代が下がるなら、やる価値あるね」



 そんなこと誰が考えるのか。その場のアイデアで何となく話をまとめてしまった。



「時間を調整したら生みたてのたまごって仕入れられますか?」


「パック詰めするタイミング次第やから、他のお店のパック詰めが終わった時間ならできるよ」


「ん? それだと、うちは他よりも鮮度が下がりません?」


「たまごの鮮度とか賞味期限って難しいんよ。そもそもたまごは、冬なら60日くらい食べられるんよ」


「え!? そんなに!?」


「生で食べるんやったら、もう少し早くないといけんけどね。うちから出荷して、トラックで運んで、お店に納品して、店の棚に並ぶまで早くて2日、ちょっと離れたとこなら3~4日かかるんよ」


「へー」


「酷いところは店に並ぶまで2週間くらいかかるところもあるったい」


「2週間あったら、車でも日本をぐるっと一周できてしまいますね」


「でも、あんたんところが自分で持って行くなら、今日出荷して今日お店に並ぶやろ」


「確かに!」


「うちは、本来のトラックの時間が終わった時にゆっくり準備できるけん楽たいね。それなら出荷価格ば下げてもよかよ」


「!」



 つまり、うちとしては野菜を産廃処理する費用が減って、「朝市」に向かうトラックを先に鳥栖ファームまで廃棄予定野菜を運んできて、たまごと「朝市」での野菜を積み込んで戻ってくればいい、と。


 そうすることで、たまごの仕入れ価格が下がる上に、新鮮なたまごが店頭に並ぶようになる。


 顧客の購買力を上げるには、価格を下げるのは簡単だけど、継続が難しい。そこで、価値の高い商品を価格を変えずに販売すればいいのだ。


 つまり、「ブランド化」


 そこで、俺たちは自分たちで運んでくるたまごに独自の名前をつけることにした。「朝取りたまご」……は朝かどうか分からないのでNG。


「今日生まれたたまご」にした。スマートではないけれど、すごく分かりやすい。「○○さんちのたまご」も候補に挙がったけど、誰も「○○さん」を知らないし、どんなたまごなのかも知る由もない。


 以前より新鮮なたまごを189円で出せるようになった。


 品質の面では、今後ゆっくり話を進めて行くこととした。



「ついに、たまご農家にまで来てしまいましたね」



 挨拶を終え、鳥栖ファームを出たとき ふと さやかさんが言った。



「経営が厳しいってことでしたので、いざとなったらうちで会社を買って高品質なたまごを作るようにするとか考えましょうか」


「はい」



 こわっ! さやかさんは、その先まで考えているようだった。



「とりあえず、入り口にあった無人販売所のたまごを買って帰りましょう。今夜はオムライス作ります」


「ありがとうございます」



 経営者としての目と、女子大生としての可愛さ……アンバランスなんだよなぁ。でも、そこが面白くて可愛い。



「狭間さん、なにニヤニヤしてるんですか? 行きますよ?」


「はーい」



 何を考えていたかは秘密だ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る